タイ的共同体論

http://yoriblog0429.blog.fc2.com/blog-entry-98.html
以前の記事の続きです。
バンコク旅行記。

今回はタイの「家族論・共同体論」について考察したいと思います。

最近の記事見返して文章がグダグダしちゃってる傾向があるのに気付きましたw
よって結論。
(以前の記事にも少し書きましたが)
「共同体」としての「家族」が非常に原始的であり、繋がり関わりが深く、それと同時に「友人・知人」とのコミュニティも非常に硬い絆で結ばれている。

つまり、何よりも家族・友達を優先させるのがタイ人なんだと思います。

こういうのにあこがれちゃうんですよねー。
でも、手に入れたお金を友人家族に「ばら撒く」。
こういうのって『合理的な選択』になるんでしょうか。

僕は、今のこの社会の閉塞感はこの『合理的選択』を強いられている所から始まっていると思います。
何度も書いていますが、すみませんw
強いられている、んですね。


↑この仮説については徐々に確信に近くなりつつあります。
結局人に裁量ってモノはありません。

多数の考えが少数の考えを丸め込み、後世にそれを制度として伝達していくって仕組み。

結局何が合理的なのかわからない。
そもそも合理的でなければいけないのか?

って論点を僕はずっと最近考えています。
人間らしい≒非合理的。
そんなことを言うんじゃないでしょうか。

自分の身を削って人の為に生活する。
支え合い。
共同体。

タイの素晴らしく原始的な生活を少しだけ感じることが出来ました。

【まとめ】
今の僕たちの生活を担保するのは何かしらの「共同体」であり、
しかしその根底にある家族という名の「共同体」が脆く崩れている、
そう僕は感じます。

社会構成員の多数が「孤立して生きること」に合理性を見出し、
それに多数が同意署名した結果、
そんな社会が出来上がってしまった。
そんな言い方が出来るのではないでしょうか。。。

この「繋がり」論。
もっと考えていきたいと思っています。
今日もお疲れ様でした、
おやすみなさい^^v
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Author:WIPA
司法試験受験生。
転職活動中。
趣味は読書。

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