人との繋がり(W杯)

前回の記事の続きみたいになります。



人と人を繋がる、繋げる。。
そんなことを考えてたんですが、タイムリーなネタが提供されました。
それはワールドカップです。
渋谷でまたパーリーしたらしいですねw
負けたのにお祭り騒ぎ。
鳴り止まないニッポンコール。

昔はこんなのなかったんですがね、いつからこんな盛り上がるようになったんでしょうか。


僕は、やっぱり「人は何らかの共通の価値観で繋がりたい」って潜在的な欲求を誰しもが持っていると思うんです。
大衆的な同じ認識、自己承認の欲求。

高度経済成長期は「アメリカへ追いつく」ってのが人を繋げていた共通の価値観だと思います。
少しでも日本を恵まれた国へしたい。
社会制度の基盤にはそんなイデオロギー的な何かがあったんだと思います。
思想風に言えば、「大きな物語」ってやつですかね。

今はそれが喪失し、特に若者を支えているのは何も無い、って言われる時代ですね。
何に頼っていいのかわからない、どこに向かっているのかわからない時代。

逆にそんな時代だからこそ、何か「キッカケ」・イベントがあれば爆発的な力を産むんじゃないでしょうか。
ありあまるエネルギーを使う場所をずっと探しているんじゃないでしょうか。

そんな気がしてなりません。

ネトウヨって言葉も少し前に出てきた言葉ですが、よく耳にしますよね。
これも「愛国心」の延長上、ポジティブに捉えるとそう位置づけることも可能じゃないでしょうか。
社会基盤は揺らいでいるが、「日本」という国自体は明確にわかりやすく「存在している」。
その存在を認識でき、共有できる。
この論理でネトウヨは影響力を持つと思うんです。
似た価値観のもと、言論が言論を支配していく過程。

こう見ていくと、絶えず「自分の味方・仲間」を見つけようとしているのが顕著な現代の日本の若者像ではないでしょうか。
根本的な精神の基盤がないゆえに、この流れも加速していっていると僕は思うのですが。

何度も言っていますが、
結婚して、
車買って、
子ども産んで、
家買って、
そんな「普通のサラリーマン」の人生を追い求める若者は少なくなってきています。

選択肢が増えただけに、逆にあがいている、苦しんでいる、そう僕は感じます。
自由ゆえの束縛って表現が適切ですかね。逆説的。
僕の考察というよりか、読最近む本には大体このような事が書かれているんですね。。。

だからこそ繋がる、繋げる場所を提供することが重要になってくるんだと思います。
繋がる、繋げる。
良いフレーズで気にっていますが具体性0なんですww

しばらくこのテーマで色々考えようと思っています、
おやすみなさい。

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Author:WIPA
司法試験受験生。
転職活動中。
趣味は読書。

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