脱「階層化」

以前から何度も言っているかもしれませんが、これから個人単位で社会を生きやすくするためには、「階層化」って方向を離脱しないといけないと思うんです。
いわゆる「格差論」。
内容としてはこれに似ているかもしれませんが、僕がイメージしているのは「金銭的な、物理的な格差」ではなく、
個人が無意識に感じているような内面的な、「精神的な感情論」的なものです。
社会の中でのステータス、及びそこから派生する考え方そのもの、それを僕は階層化ってみなしています。

抽象的かもしれませんが、端的に言うと「大手企業に勤めている人がフリーターを見下す」見方のような感じですかね。
嫉妬、妬み。それは社会で生きる中で必然的に存在するものだと思いますが、それを「ステータス、肩書き」で判断されるような生きにくい社会はイヤですね・・・。


で、「脱階層化」論。本題。
異なる階層に位置している人、そのような認識を持っている人同士つなげるためにはどうすればいいのか。
そもそもその「はしご」ってどうやってかけるのか。
僕のそれに対する一応の回答は一言でいうと「コミュニケーション」です。
お互い分かり合えようと無理する必要はない。
ただこれまた何度か昔の記事でも書きましたが、「コミュニケーション≒贈与」だと僕は思っているので、
この行為自体が階層化を防ぐ一つの方法になると思うんですね。
「ただ意味も目的もなく話す」、この行為自体です。



人と繋がり、人を繋げる。
僕が想定しているのはパブリックな場所です。
パブリックといっても雑談レベル。
ただ私的な空間の中に公共性を担保する。
その過程で人格形成、「最低限、敬意をもって人と喋れるような人」が作られるんじゃないかな、とも思うんです。

なんか上から目線っぽく書いてますがここ最近読んだ本はずっとこんなこんな内容でしたww
ハンナ・アーレント参照、って言うとわかりやすくなりますかね。
公共性と私的空間。
社会と個人。



とりあえず僕の新しい仮説です。
「見ず知らずの人達とまず自分が繋がること、そして見ず知らずの人達同士を繋げること。」これが社会のためになるんじゃないかな、と思っているところです。
ただ人と繋がりたい、そのインセンティブ自体はどこにも転がっていると思います。
「ただ、なんとなく・・。」そんな人同士の繋がりが、社会を良くするのではないでしょうか。

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Author:WIPA
司法試験受験生。
転職活動中。
趣味は読書。

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