繋がる≒与える


人間は本質的に社会的動物だ、そう言ったのはアリストテレスです。
本質的に人間は社会的、つまり社会の中で人と接することを生きる上での十分条件とする。

今もこのフレーズは変わってないですよね、
確かに人類は進歩しても、変わらず人間自体は他人の「承認」を得ることに幸福感を覚えます。


このようないわば「自己承認欲求」。
これは有名なマズローの欲求5段階説でも上位に位置するものです。

豊かになった社会は、いつでも安価で便利な「モノ」を手にいれることが出来ます。
相対的に、必然的に、「モノ」に対する欲求自体は薄れてくると僕は思うんです。


欲求の中でも「モノ」に対する欲求が薄れてくると次に来るのは自己承認欲求、
つまり他人から認められる欲求です。



人と繋がることを欲す。
これは人間の本能的心理だと思うんですね。
じゃあ他人と繋がることはどういうことか。
それは何に使うかわからないけど、自分のためになるかわからないけど、よくわからない部分をお互い与え合う」っていうことだと僕は思うですね。

よくわからないものを日々の生活の中で僕たちは与え合いながら暮らしています。
コミュニケーション≒贈与って以前の記事でも書きましたが、
似ているようなことばっかり言ってすいません。


ただ「孤立化」を求められる時代にこの繋がりの本質ってものを理解しておかないと、
より一層生きにくい社会になると思うんですよね。

資本主義プレーヤーとしては孤立化を求められても、
社会構成員の一人としては他の構成員と繋がりのある社会。

矛盾しているようですが、そんな妥協的和解案みたいなのしか方向性としてはないのかな、と思います。

すっきり解決する満点回答なんかありません。

ネチネチと、少しずつ良い社会に変えていきたいですね。

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司法試験受験生。
転職活動中。
趣味は読書。

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