問題の「根本的」な解決方法

すっきりするタイトルですね^^
ある問題に対し綺麗にモノゴトが片付くような根本的な解決方法、スッキリです!

ただ僕は安易な「根本的」という言葉の使用を嫌います。
そういうフレーズを使うときって「私はモノゴトが分かっている。その原因はこうなのだ」ってスタンスで使う場合が多いと思うんですね。

そもそも「わかる」って響きがズルいですねw
モノゴトをわかるとはどういうことなのか?
本質ってのはどこにあるのか?

勿論そのようなラディカルな部分が明確に「わかる」場合もあると思います。
問題が個人に起因する場合ですとか、システム自体が崩壊しているときですとか。


ただ、僕が言いたいのは社会の諸問題・複雑な利害関係のもと形成されている「問題」に対し根本的に解決可能な解を見つける、って作業自体非常に困難だと思うんです。
よく学者・コメンテーターも言いますね。
「現在の社会の問題はここにある」
こんなフレーズを僕は嫌悪します。

そんなんじゃないんです、簡単に一言で明確に片づけられるような問題なら「社会的」問題までに発展せず個人的な領域で対処可能なんだと思うんです。


人は様々な環境で様々な外部的刺激を受けながら人格形成させられている
以前の記事参照です><


社会が作った人に対し社会で作られた人格が攻撃する。
いとをかし、ですよねw

個人が抱える問題を内包する組織を内包する社会。
結局ステークホルダーってそういう意味合いで使われるべきだと思うんです。

色んな事情を抱え込みながら生きている人が、生活している人がいるんだねっ、
色んな人の事情を考慮しながら思いやりを持ちながら生きようよ。

そういうスタンスで考えると安易な「根本的」という単語は使いにくいと思うんです。


複雑な問題ほど解決って言葉よりも妥協って単語の方を当てはめるべきだ、僕はそう思います。
そういうもんだと思います。

1年以上前の記事(クリック★)でも書いていますが、相手方・第三者の意向・論理を汲み取り自己の社会性を意識する、そんなことが個人として出来ればな、と思います。
それを僕は一般教養って呼んでいるんです。

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Author:WIPA
司法試験受験生。
転職活動中。
趣味は読書。

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