コミュニケーション≒贈与

少し前の記事で書きました。

今年の目標は他者への贈与ってことにします。

最近また尊敬する内田樹さんの本をいくつか読んでいるんですが、内田さんも人間関係の本質は贈与ってみなしているんですよね。

もっとラディカルに考えると、『コミュニケーション自体が贈与になるのではないか』って言っているんですよね。

言葉を伝える。
その前提として相手に対する敬意があるべきだ。
その方向性でコミュニケーションを贈与とみなしているんですね。

もともと人は社会的動物であり誰か他者と関わってなければ生きていけない。
生きていけないというより満足が満たされない。

その過程で言葉を伝え合うって贈与が発生すると思うんです。

その出発点から考えると、「言葉」を選ぶようになると思うんです。
そう簡単に乱暴な言葉は出てこない。
相手に差し上げる贈与部分の一部になるのだから。

「言葉」を選ぶ。
綺麗な言葉、美しい言葉、それをつなげて論理的にわかりやすく相手に伝えようとする。

その結果、また以前書いたブログ(クリック!)参照なんですが、思考過程を作ると思うんですよね。
思考が人格を作る。
主体が出来上がる。

考えて言葉を喋って相手に伝わって・・・っていうのは逆なんじゃないかな?
相手に伝えた言葉は事後的に認識され、それらのコミュニケーションを通して互いの人格さえ作り上げられる。

多分ジャック・ラカン(仏哲学者)が言おうとしていたこととも共通する部分はあると思います。


ほろ酔いのまま、頭の中のカオスな思考を言葉にしてみました。
こうやって言葉にしてみることで僕の思考過程も決定つけられるようになるんだなぁって思いながら。

以上、週末ほろ酔いの贈与論でした。

果たして僕はどれだけの他人にどれだけのモノを贈与出来るのでしょうか。

スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

WIPA

Author:WIPA
司法試験受験生。
転職活動中。
趣味は読書。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
カウント^^
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR