教養としての金融論

以前から僕が何度か指摘してるんですが、知識・情報は大きく2分できると思います。

それは
実用的なものか、或いは学問的な非実用的なもの(考え方・思考過程そのもの)かって分類です。

おおまかに学問は後者ですね。
経済学とか社会学とか、コストパフォーマンス的には計測不可能。

それに対し前者は社会でよりうまく生きていくために、例えば資産運用とか含めた金融知識。
ビジネススクールとか、MBAなどの金融チックな単語もよくききますよね。


何度かこのブログでも指摘しているところですが、僕の意見としては「教養無しの実用的知識に特化したインプットは非常に危ない」。


教養≒考え方。

稲盛和夫さんの格言→「人生・仕事の結果=考え方×熱意×能力」。
この考え方って部分だけマイナスという値をとるんですね。

何の仕事をするにしてもこの考え方≒教養という部分は必要である。




そもそも、なぜ「金融学」というのはないのか?

僕が推察するに、アカデミックな業界の人達からはこの「金融」という実務に特化したものがあまり好まれてないからだと思います。
「最近の学生はまたすぐに使える実用的な資格ばっかり取ろうとして、もっと重要なものを分かっていない。」的な考え方をされる教授は少なくはないはずです。

また、金融ってのは考え方というより知識・情報が全てです。(学問らしかぬ、という意味。)

体系的に整理もされていない。

よって「学」ではなく「論」なのだと思います。



また、何故ここまで金融金融とうるさいのかといえば、それほど金融業界という規模が大きくなってるし、また個人にとっても金融知識が不可欠な時代です。

一昔前のいわゆるバブルの人達の考え方を見てみましょう。

「とりあえず生命保険はいっとかないと!月2万位かけてたら、死亡時にも多額の保険金がおりる。なんだかんだリスクはおさえないとね!
車も買わないと!5年ローンかな!損害保険もはいっとこう!高いけど仕方ないね。
40歳になれば一軒家買わないと!35年ローンか・・・。まぁ賃貸で暮らすよりかはいいや!」

逆に、非常にリスクのある考え方ばかりだと思いませんか?

元々日本人は悲観的な考え方をする国民だといわれています。(ゆえに高度経済成長も起こったを言われてるんですが。。。)
何かあったら保険、保険。
国内でもぶっちゃけ保険業界はデカくなりすぎってことに気づいてない人も多い・・・。
公的医療制度ってのもあるし、賃貸で暮らすって手段もあるし、車を持たない生活もありです。


「お金の使い方」って部分がその人の趣味嗜好を端的に表すもの
だと僕は思うんですが、最低限の教養として金融論を勉強していれば、合理的な判断ってのが出来ると思います。



ちょっと現代日本の「金融ビジネス」、特に保険業界に特化してちゃちゃいれたりもしました。


大体言いたいことは「日本国内だけじゃなく、世界でも金融業界は非常に大きくなってきている。権力も大きく、動かすお金も大きい。そういった社会的にピラミッドの上に立つ人にこそちゃんとした考え方ともってほしい」ということでした。


あくまで僕たちは組織の一員であるとともに社会を構成する一要素でもあるんです。

1つの小さな配慮を大切に、、、。
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Author:WIPA
司法試験受験生。
転職活動中。
趣味は読書。

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