一般教養とは

一般教養とは,社会の仕組みを知ることとも言い切れると僕は思う。

社会の仕組みとは何だろうか?
例えば憲法後半の「統治」理論を勉強すれば面白い。
三権分立から,それぞれの組織に対する定義・根拠等を述べていて,この部分を学ぶだけでも社会の仕組みを知る上では一助となり得るだろう。
経済制度を勉強し,資本主義とはどのようなものか?金融制度とは?それを構成している銀行の役割は?
これらを知ることは間違いなく社会の仕組みを知るために必要だ。

しかし,僕はそれだけじゃぁいけないと思う。

というのは,社会を知るためにはそれを構成する者=組織内部の論理まで知る必要があると思うからだ。

例えばマスコミたたき。ここ何年かだろう,マスゴミという言葉も生まれた。マスコミに対しての不信感もあり,「もっとマトモな番組を流せ」という言葉はよく聞かれる。
ただ考えて見て欲しい。
「何故この番組を流すのか?」

マスコミは営利企業である。利潤を生み出さなければ企業として存続出来ない。cfゴーイング・コンサーン
ではマスコミにとって利潤を表す指標とは?
それは「視聴率」である。

そう,視聴率が取れるから報道するのだ。
いくら自分が批判したって,低レベルな番組が流れてるなーって自分で思っても,他人は見ているのだ。
これがマスコミの論理だと僕は思う。

2つめの例は企業の不祥事などについて。
何故,企業は不祥事を起こすのか?と考えたことはあると思う。
一般的な回答としては「利益に目がくらんだ結果,法を犯した」とかが多いんじゃないかな。
僕はそんな単純なものじゃないと思う。

例えばこう考えることも出来る。
「実務に適応していない,一昔前の法律が悪い」と。
法律の解釈も複雑である。法律学ではたくさんの学説があるが,それはつまり法律の文言に対し色々な受取方があるよ,ということである。
そんな不親切な法律に対し,自分の主観で合法と思っても,検察に違法と言われたら違法だ。
脱税などもこの流れで生じるのだ。認識の違い,ともよく言われるが,法律の解釈に必然と差は生まれてくるのだ


以上例示してのは組織の論理である。
学問的に考えると意思決定のためのインセンティブといえるだろう。

このような複雑なインセンティブが絡み合って社会は構成されている。
よって,社会問題も複雑なものも多くなる。
善悪二言論で語れるものはそう多くはないはずだ。

先ほどの話と関連させると,テレビではこのようなyes,noで討論している者が多い。極論合戦。多分討論している本人も知っていると思う。こんな簡単な問題ではないよ,と。
しかし視聴者がそれを求める。劇場型なパワフルな議論は見ていて面白い。
これもマスコミの論理の1つでは無いだろうか?

閑話休題。このような複雑な社会構成を理解するために,一般教養を学ぶのだ。多種多様なインセンティブで成り立っている社会。
ある論理には相対立する論理もある,ということである。
叩かれている方、弱者側の論理も考えてみるべきだ。
この組織は存在が悪、この事件はこっちが悪かったなど決めつけるのは思考停止だ。
「あの企業、また不祥事かー」って瞬間には思考停止に陥っている可能性もあるのだ。

以上,一般教養を学ぶ意味を考えてみた。

次回社会学のススメ。
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司法試験受験生。
転職活動中。
趣味は読書。

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