政治について考えてみる

都議選のポスターが張られ始めましたね。
このタイミングで今一度政治について考えてみようではありませんか。

っていっても、大胆に僕の政治思想を示すのではなく、そもそも政治とは!って堅苦しい意見を言うつもりはありません。

個人的に、日本社会が抱える政治に対する問題点とか提案を、少し考えましたので記します。


まず問題点①国民と政治の距離が遠すぎる

”政治”って単語を使うのをケースによっては変えませんか。
”政治”ってのは感覚的に国会議事堂を連想しスーツを着た政治家が言い争っている光景を目にすることが多いと思いますが、
そしてそれを純粋に政治って言葉が抱える一つのシーンだったとしても、広い意味で使われすぎだとおもいます。

ケースによってはこう言い換えましょう。
”市民社会”
そもそもの成り立ちってのは僕たちが政治家を選んでいるわけです。
昔から「なぜ若者は政治に参加しないのか」って言われてきましたが違和感ありました。

そんなもんよくわからんねん。何がどうなってるの。選挙行けばいいんかい。って。

こうやってトップダウンで押し付けるものではないんですよね、少なくとも政治は。

歴史が証明してきたように、市民自ら手に取って行動した結果が民主主義体制であり、ボトムアップに機能するべきもんなんです。

よって言葉の使い方を区別しましょう。
市民社会。政治。
国会議事堂で政治をしてくれるのは『僕らが』選んだ人たち。その意識の変化のために市民社会って言葉、そしてそのものについてもっと共有したいですね。
大事なのはこの『僕らが』って感覚。
前の選挙でもけっこう使われていたフレーズですよね。

ルールは守るだけじゃなく作っていくもの。
『僕たちで』作っていくもの。

個人的には、この感覚ってのはとても重要で、市民社会を考えていく上でも必要なものであるし
「僕は社会の構成員だ」って存在価値を肯定するものでもあるので、間違いなくこれからの社会変革を
考える上でも意識しなければならないものになると思います。


言葉を使い分けるような小手先テクニックだけで変わっていくとは思いませんが、目的は意識の変革です。
飲み会で「政治」について語るのはタブーとされていますが「市民社会」について語るのは素晴らしいですね。
使い分けるだけでも全然違うように思えます。

提案①言葉の使い分け、意識の変革


問題点②働きすぎな会社員

いきなりなんだ?って思うかもしれませんが、
そもそも政治を行っていくには政策が必要で、有権者は色んな立候補者の政策を比べながら、日本にとってあるいは自分にとって
都合のいい政策をしようとしている立候補者を選んでいくんですよね、選挙って。

その政策の判断基準はやっぱり自分が考える社会の問題点だとか、たぶん根本的な価値観により左右されるわけだと思います。

でも今は、社会に対する不満って、生活と密接に絡んでくる景気の良し悪しだとか、「経済」ってカテゴリーだけで判断されてないですか?日本の政治。

多分考える時間がないからだと思います。
日本のサラリーマン。


通勤時間はずっとスマホみてる。唯一の休憩時間みたいなもんですね。本当にお疲れさんです。

少しスマホをしまって窓から景色眺めるだけでも、このボーっとする時間ってのは物凄く貴重だと僕は思います。

でもこれには心のゆとりも必要だしそのために睡眠時間も確保すべきです。

仕事終わってカフェでゆっくりするのもいいし、バー通うのもいいし、図書館いって勉強したりするものいいし。
生活の時間軸をほんの少しゆっくりにして、会社への拘束時間を少なくする。

そもそも、自分のアタマで考える時間ってのが少ない。

構造上の問題があると思います。

会社社会も終焉へ向かっています。会社へ尽くすだけじゃなく、自分の時間を作りましょうと。

以上が僕の意見。よって今叫ばれている「ワークライフバランス」運動も大賛成です。
こうやってブログ書くのももちろんそれなりの時間が必要だし、
そもそも記した内容を自分のアタマで考えている時間ってのは仕事している以外の時間です。

提案②会社への拘束時間を減らして自分のアタマで考える時間を確保する
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Author:WIPA
司法試験受験生。
転職活動中。
趣味は読書。

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