思考・生存競争

常日頃から無い頭使って(!)必死に自分の頭で考えようとしている僕ですが、
そもそも何で思考って止めちゃいけないのでしょうか。

っていうより、何で考える必要があるんでしょうか。

僕の仮設としては、思考ってのも結局は「生存競争の一つ」であるように思うんです。

生存競争。つまり「生きる」ため。

単純に言えば、「生きるために考える」ってことになるんじゃないでしょうか。

もちろん、昔に比べて「生きる」って意味も変わってきていると思います。
明日を生きるっていう「生きる」ではなくて、どちらかというともっと高次元の「承認欲求」的な意味合いを含んだ「生きる」。


簡単に言えば、「満足して生活出来ていない」から必死に考えてるわけで、
それほど「考える行為」ってのは身体に大きな負担を与える行為だと思うわけです。

生存競争の結果、何の心配もなく生きていける世界なら、何の思考も必要としないでしょう。
「自分の身が危うい」意味での不満な部分がこの世界にあるわけで、必死に考えてるわけだと思います。

考えるって行為は、結局何かを「創りだすモノ」ではなくもっと消極的な行為になる、ととらえるのはやりすぎでしょうか。


僕自身、何で考えなきゃってせっぱつまってるのか。
自問自答の結果が今日の記事でした。

でも本当に、脳を使う・考えるって行為って思った以上に負担ありますよね。
寝る前には、少し厳しい。
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Author:WIPA
司法試験受験生。
転職活動中。
趣味は読書。

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