"必死に生きる"意味

何のために、生きてるのか?っていう究極的な問い。

朝起きて、出社して、いろいろ耐えて、帰宅するってこのルーティン。

「必死に歯を食いしばっていきって、一体みんな何を目指してるの?」



この、バカみたいな”うぶ”で、バカみたいな初歩的な問いは
実は究極的で、サラリーマン、社会人にとっては「深く」考えないといけないテーマになっていると思います。


簡単に想像してみてください。
知り合いの子供、小学生。
いつもの働きぶりを伝えたら、その子供から、ものすごいピュアな、表題の疑問が出てきたら、どう答えますか?


何で、学生はあんなに楽しいのに、
社会人になったらそんなに苦しいの?

そもそも、なんで、社会人は、そんなに苦しいの?

続きは僕自身の問でもありますが、”何で、耐えたら強い、みたいな風潮なの?”

少なくとも、組織で働くうえで、忍耐力とか、そういう能力は間違いなく必要だと思いますが、
耐えればそれで評価されるもんでしょうか?



っていう前置きの議論は置いといて・・・

結局、表題の、"必死に生きる"意味 ってのは、個人的に解釈すると、
自分の輝いた(はずの)の一番の時代を、取り戻すか、思い出すか、継続させるか、どれかのためである。
そう、僕は思います。


結局、生きたその”青春の濃度”によって特に大学出て社会人になって、どれだけ遊ぶのかってのは、左右されると思うでんす。


昔からのリア充は、”東京カレンダー”なんて記事読みませんw
ただ楽しいもの、面白いものを追い求めていく、それだけが人生になってるような気がします。



特に東京に住み始めてから、多摩方面とか、所沢方面とか、渋谷区内とか、色んなところに住み始めて、
色んな思いが僕にもあります。



ただ、僕の仮設としては、以上の文脈で、
いわゆる今の”満足心”ってのは、学生時代の”後悔”ってのと反比例になりやすいというか、
インセンティブになりやすいということで、
・・・

究極的に言えば、学生時代に”自分の青春時代に後悔している”っていう感覚のある人のほうが、
結果を残しやすいってことです。





簡単に考えれば、皆さんの周りで、小中学校の同窓会に進んでくる人or幹事をするような人で、
高校大学の同窓会を取り仕切る人ってどれくらいいますか。

そういう人って、どういう人ですか。



そして、最後に個人的な質問。
社会を変える人って、どんな人ですか。


考えて、考えて、そしてまだ僕は考えようと思います。
恥ずかしいけど、言わなきゃならないフレーズ、どんな形でもいいから、微々たる歯車の一つでもいいから、



僕は社会を変えたい。

って、本気で思っています。
入省依頼、かれこれ4年。



皆さんは、そこまでして生きて、どうしたいのですか?
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

WIPA

Author:WIPA
司法試験受験生。
転職活動中。
趣味は読書。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
カウント^^
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR