各論・教育論

最近はメチャクチャ寒いですね><
ホント、一気に真冬って感じです。

転勤による業務引き継ぎや、忘年会はたまた送別会なども開いていただいていて非常に忙しく毎日を送っております。

今日のブログのタイトルは教育論。
っていっても、そもそも教育とは・・・ってなことを言いたいんじゃありません。
僕は教育学者でも研究者でもなんでもなく、ただのブロガーです。

ただのブロガーからの視点で論じてみようと思います。


want と should 。
よく言われるフレーズかもしれませんが、仕事で優先順位を決定させるときにもこの単語は使われますよね。

したいこと、ではなくまずやるべきこと・やらなきゃいけないことを優先的に処理すべきだ。
まぁ当たり前ですよね。

そして僕が言いたいのは、この続きです。
上の記述で仕事に限定していましたが、それは個人の私生活の中でも使われるべき点はあると思います。

私生活の中で優先的に処理されるべき案件、という意味だけでなく、
ある個人にとって決して「したい事」ではないが「させるべき事」。

つまり、具体的に言うと
個人単位では「したくない事」かもしれないが社会的単位でその個人が「するべき事」。
何かをすることを強制させられる事により、社会全体として機能向上という点につき寄与すること。

っていう感じですかね。

それが教育の本質だと思うんです。
教育を受ける学生の言い分でよくこんなのがありますよね。
「それって勉強して何になるの?得するの?」って。
その疑問に対し明確な応答を出来ない教える側の人間って多いと思うんです。

答えは
「それはやるべきだ。君自身の力になるかは不明だが少なからず社会を、日本をよくする」
そんなんでいいんじゃないですかね?

そもそも何かを成し遂げる前からその成し遂げたときの報酬が明確にわかるもの、数値化できるもの。
それって教育の本質じゃないと思うんです。

「何かわからないけれども、知的好奇心のもとなぜかやっちゃう」
それが教育を受けるもののあるべきスタンスだと僕は思います。


で、
ずっと教育ー学生の関係性による文脈で語ってきた所ですが、これは社会人にも当てはまる部分はあると思います。

僕が考えているのは「異業種交流」って所ですかね。
繋ぐー繋げる、commit , connect という点で僕はずっと最近考えてきました。
極端かつ浅はかな考えかもしれません。
ですが、強制的に「自分が行っている仕事以外の仕事を経験させる」手法の可能性。
簡単に言うと「転勤」「部署移動」の拡大版、みたいな感じになるんですかね。

誰だって転勤何回もしたくありません。
慣れ親しんだ場所で、慣れ親しんだ業務を行い続けたい点はあると思います。
ただ、制度上それが日本社会で採用されているのは、それが会社にとって有利に働くからです。
組織を運営する上で、その価値を高める上で、はたまた「人」の能力を向上させる上で、必要不可欠だからだと思います。


また学生の話に戻りますが、例えばこの考え方は大学生にも適用できると思います。
優秀な大学生って、放っておいても既に働いている人とのコネクションを見つけて作って人脈増やしたり、どんな仕事があるのかを学んだりしている傾向はあると思います。
ただ、僕が気になるのは「何かしたいけれども何をしたらいいのかわからない学生」、「とりあえず学生時代は遊んだらイイヤと思考停止してしまっている学生」、これらの層です。
社会人と交流する機会を無理やりもうける。
(もう義務教育の領域になってるんで無理だと思いますがw)
そんな制度があったら、僕自身も大学生時代はもっと早く落ちぶれ生活から脱せたと思いますw

そうなんですよね、僕自身が後悔している点でもあり、ゆえに今もがいている大学生に対して何かしらの事をしてあげたいんですよね。
自分の転勤もあり、そもそもその必要性について考えたりもしたんでそれを言葉にしたみました。

僕は「そういう制度を作れ」とかそういうのが言いたいのではなく、そもそもの背景になる考え方、ってのを書きたかったんです。
社会の中で自分が生かされている。
自分自身の意向だけではなく、それを他の社会構成員が許すかどうか。


個人的行為と社会的還元性。



寝ます!
今日もお疲れ様でした。
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Author:WIPA
司法試験受験生。
転職活動中。
趣味は読書。

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