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メタ 客観視

自分のことを客観的に視る力 を客観的に視る力。

これができないと、他人と上手に付き合っていくことはできません。

まず、この力はどういうものか?
文字通り、自分のことを客観的に視る力 を客観的に視る力であり、いわば”メタ 客観視”であります。

少し考えました。
日本人は、この”メタ 客観視”能力が低いのではないか?

要は、自殺率との関係です。
自殺の原因は、社会に対する絶望・拒絶が主な理由であると思います。

「自分は社会にとって必要とされていない」
「僕・私は彼・彼女がいないと生きていけない」
「このような経済的状況では、これから生きていけない」
「こんな罪を犯してしまった。これが判明すれば、生きていけない」



この尺度、あっていますか?
自分を客観的に視てるつもりだけど、この客観視は正確ですか?

この尺度が間違っていれば、自分は他者と異なる評価をしていることになります。

「自分は社会にとって必要とされていない」
→自分が考えている以上に、他者は自分に興味がない。気にする余裕がない

「僕・私は彼・彼女がいないと生きていけない」
→星の数だけ、出逢いもありますね。

「このような経済的状況では、これから生きていけない」
→こんな絶望をかかえる人のために今でもたくさんのボランティアが精力的に行動していますし、日本の社会福祉も捨てたものではないと思います。
生活保護から、最低限の生活をできる仕組みは構築されているように思います。

「こんな罪を犯してしまった。これが判明すれば、生きていけない」
→本来刑務所も『人を更生させる場所』です。
現代の厳罰化・一発アウトの風潮は賛同できません。
誰しもが過ちは犯すものだと思っています。
それを社会が許されるか。許容できる余裕があるか。
これは今後の社会の在り方に直結する重要な問題と思っています。



何が言いたいかというと、「自分が思っているほど自分の現状に絶望しなくていいのではないか」
「その自分を視る尺度が間違っているから、自分で自分を苦しめて、最悪自分で自分の命を絶つようなことになっている」
ってことです。


自分を客観視すること。
自己啓発本にもよく出てくるフレーズだし、重要なことだと思います。

ただ、もっと重要なのはその尺度の正確性です。
いつ・何を基準に設定した客観度か。


こうはいうものの、僕自身もこれを日々改善しようと努力しているところです。
僕元来比較的楽観的な人間(であるはず)ですが、特にここ1,2年は、仕事・育児・勉強のプレッシャーからか、本当に、自分が嫌で嫌で、自暴自棄になることがあります。

何も結果を出せていない。
何もかもが中途半端。
自分の使命・役割って何なんだ・・・。



誰しもが経験ありませか。
この、自暴自棄。
でも、そもそ自暴自棄って生物学的にみて不可思議ですよね。
自分で自分の存在を否定するって、生物学的にみて一番矛盾していると思います。
子孫繁栄の観点からみても、明らかにおかしな意思決定・行動様式です。
つまり、自暴自棄は、原則「非合理的な思考・行為」であるように思います。

自暴自棄になると、まず疑うべきかもしれません。
その求められるレベルの設定、あってる?
自分の位置はそこでいいの?
果たしてそこまで他人が失望するようなことなのか??




・・・閑話休題。

ちょっとした休憩がてら、アニメ・リゼロ(Re:ゼロから始める異世界生活)を見ていました(アベマTVで、流れていました)。
終盤で主人公スバルに対し、ラムが言った言葉がありました。
そう、その内容は、スバルの客観視してきた自分を全否定するものでした。
絶望する主人公と、それを支える準・ヒロイン。

まさにその会話の内容は、『そんなに自暴自棄しないで』というものでした。

今日のこの記事は、その会話を見ながら、思ったことです。
素晴らしい、アニメですね。。。


まぁアニメ自体の賛否はともかく、これに続けていえること。
他者から承認される値は、思っている以上に低いということです。

自分を過少に客観視していないか。
社会で求められるものと自分の立ち位置との関係はどのようなものか。
”メタ 客観視”力。

これを意識しないと、いつか、人は壊れるように思います。




メタ 客観視。
尺度の訂正。
頑張りすぎないように、頑張りすぎないうちに、ぜひ取り入れるべきではないでしょうか。



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あと半年を切って

令和2年度司法試験予備試験 短答式試験まで、あと半年を切りました。
あっという間に時間が過ぎていきます。

今年7月に論文を受けてから、ずっと論文の勉強をしてきました。
今週で、最後の科目、行政法が終わります。
行政法は、民法とかと比べても量が少なく、負担が少ないので、気軽に取り組めますw
ただ、その分本番が大事ってのも分かっているので、いわゆる”あてはめ勝負”の取り組み方も、おさえていかないといけません。

どの教科もそれぞれ2週間から1か月かけて、集中的に取り組み、ゴールラインも見えてきたつもりです。
特に会社法、刑訴法、憲法は、基本書や演習本を追加で購入し、だいぶ理解も深めたつもりです。


あとは論文で必ず理解し、覚えるべき論証を完璧に覚えて、基本的知識を身につけて、手薄なマイナー論点にもできる限り手を付けて、不合格の余地をなくす作業を、たんたんとこなすだけです。
と同時に、そろそろ短答の練習もしないといけません。

短答は4月から本気出しますが、年明けに各科目、1周過去問解く予定です。
さらに、年明けは伊藤塾で購入した講義のコンプリート論文を書き始めます。

論マスの答練じゃ話にならなかった自分の力がどれだけついたか、どんな採点になるのかも、少し楽しみではあります。



いやーでも本当に長く(3年半)勉強続けてると、疲れてきますねw
今振り返っても、講義を見終わったのが今年の5月だし、まるまる3年間、アウトプットしながらも受講してたことになります。

少しインプットの時間が長すぎたようには思いますが(強く思うw)、まぁここまでくれば、基本を磨き、応用力をつけながら、求められるレベルまで力を高めるだけです。


毎日毎日、少しでも吸収する。

いまやることは何か?
常に”価値”を意識して、無駄な時間、非効率な作業はないか考えながら勉強をしていこうと思います。

2020年は、自分にとって必ず素晴らしいものにしたいと思います。
自分の手で手繰り寄せ、勝ち取らないと。


合言葉は・・・

「令和二年度司法試験予備試験 絶対合格」



今年も終わる

もうすぐ、今年も終わります。

去年の年末は、こんな記事を書きましたw


まぁ色々とふざけたり本気で頑張ったりしていますが、なんだかんだ、今年も終わります。

少し早いけど、2019年度を振り返りたいと思います。

①仕事的には、普通です、、、。
求められるレベルの職務専念義務は果たした上で、必要に応じてそれなりにできたと思っています。

②私生活的には、うーん、微妙です。
80点かな?100点満点でほめることは、できません。
子どもの父親として、育児するのは当たり前。
でも、それを完璧に果たせたかと考えると、頷けないような自分がいます。

妻に甘えたり、逆に自分に甘えすぎたり、本当にこれでよかったのかな、何であんなにイライラしたのかな、って振り返るときは、少なくないような気がします。
これも、反省。未熟な自分を、省みようと思います。

③司法試験(予備試験)との関係でいうと、95点をあげたいと思います。
理由は、明確なゴールが見えたし、勉強開始から3年たってモチベーションは高まり続ける状況だし、「来年こそは必ず」という
意気込みができました。

どこかの合格体験記に書いてたけど、「尻に火が付いた人から受かっていく」。

それは、本当だと思います。
僕自身も、今年は本気で勉強して本気で試験を受けて、全然ダメだって、気付きました。
このままじゃ、ダメってことに。



「受かりたい」
「受からないと」


その気持ちが、凄く、限りなく強くなったのが今年、2019年であるように思います。

個人的にも、7月から、今年の論文試験を終えてからギアをあげて勉強していますが、
絶対何があっても来年には受かりたいと思っています。






貴重な毎日の時間を何に、いかに費やしたか。
それで来年予備試験受かるのか。

常に自問自答して、見直すところがあれば見直して自分の成長につなげて、
自分が成長するための糧にしていきたいと思います。



どんな言い訳を考えても時間は過ぎていきます。
平等に、絶対的に。

ハードルの高さの言い訳を考える時間があるなら、その時間を使ってハードルを越えるための時間に費やしたいと思います。


目標は何か。
今何をすべきか。
それでいいのか。


常に自問自答を繰り返す、それが成長するコツのような気がしてきました。


最後に、、、



『目標が、その日その日を支配する』




プロフィール

WIPA

Author:WIPA
司法試験予備試験受験生。
転職活動中。
趣味は読書。

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