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考えることは苦痛である

考えることは苦痛であります。
現代っ子にとって必須なスマホ。
スマホを見る時間とは、思考停止できる時間であります。

YOUTUBE見たり、ソシャゲしたり、漫画読んだり、SNSチェックしたり。
何も考えなくていい。
ただ、映像・音声が知覚されていくだけの時間。
とっても居心地よいです。

脳を使うより、手など体を動かして作業する単純労働のほうが、楽に感じるときがあります。
決められたルーティンを、同じように淡々とやっていく。
頭を使わない行為は、楽です。

しかし、上記の単純労働は顕著ですが、これらは機械に取って代わられます。
「誰でもきること」は機械が行う時代に突入してきました。

機械じゃできないことを、していかないといけません。
”考えること”が求められる時代がやってきます。


本質的に、思考は苦。
まずはその点を理解することから始まると思います。

そして、これから求められる思考ってのを、考えていかないといけません。
思考の、質。


と同時に、その量を確保していかないといけません。
考える時間の確保です。


最初に書いたように、仕事中休憩時間になれば、まずスマホを眺め”ボーっとする”でしょう。
脳の休息。
それももちろん必要です。
しかし、スマホのせいで、積極的に考える時間ってのを確保することが、著しく困難な時代になってきたと思います。

意識して、物事を考える時間を作らないと、自分の頭で考える時間を作らないと、考える力は身に付きません。


強制的に何かを考えさせられる空間ってのはありますか。


僕は、2つあります。
銭湯での入浴タイム(水風呂・サウナ含む)と、ウォーキング中です。


例えばブログのテーマは、大体銭湯にいるときに思い浮かびます。
特にサウナから出て水風呂に入り、ぬるま湯に浸かってからの10分間は黄金タイムです。
ジュワーって疲れがとれていくの実感しながら、程よい心臓の鼓動を感じながら、すさまじい勢いで脳が活発に行動開始します。


「生活の中で感じる違和感」や「最近本を読んで感じたこと」など身近なことから思考は開始され、いつの間にかサウナ水風呂ぬるま湯を3周くらいしています。

銭湯の中って、視覚的にも聴覚的にも何ら刺激はなくて、逆に感覚的に強い刺激があってそういう環境が頭には良いのかなって思ったります。

これはウォーキングも似ているかもしれません。

いつも家出るときは、ランニング目的で走り始めます。
しかし、いつの間にか無意識に歩いてて、思考が開始されています。

ウォーキング中も見える景色はいつも同じ。
聞こえる音も同じ。
ただ歩いてるだけで、なぜか色々考える。

『試験受かるかな。いや受からないと。受かったらどうしよう。すぐ仕事辞めようか。でも子供小さいしなぁ。就職活動どうしよう。その前に受かること考えないと。今週中にあれやってこれやって、明日は図書館朝から行って・・・』

というように、不安な気持ちや自分を奮い立たせる感情や複雑になりながら、なんだかんだ結局ジョギングはほとんどせずにw
ほぼ歩いて帰ってきてしまっています。

でも、僕はこの時間が非常に価値のあるものだと思っています。
車通勤で日頃から歩くことが少なくなったことから、積極的にこの時間は確保しようと思います。




以上のとおり、再度言いますが、考えることは苦痛であります。

そして、それを理解したときにはじめて、「思考の生産物」に対して敬意が表れてくるものだと思います。

特にひとつのポンチ絵を見ても、パッと見ただけでスッと頭にはいってくるものがありますよね。
そんなのを見ると、感動を覚えます。
修正に修正を重ね、よりベターなもの、ベストなものを作っていくその過程。
まさに職人芸。

仕事のジャンルってのは数えきれないほど存在しますが、その中でもその道の「プロ」ってのはずばり思考を続ける人だと思います。
工夫に工夫を重ね、より良いものをつくるために、思考を継続できる人。


宮崎駿が出ているドキュメンタリーのテレビを見たことがあります。
印象に残っているのは、彼が口を開けば「面倒くさい」と言っていたことです。
単なる作業に、面倒くささはありません。
頭を使わないといけないから、それが苦痛だから面倒くさいんです。
これを見て、僕は、「一流の人たちは常に考えている」って仮設を思いつきました。


今目の前にあるものが、いかなる価値を有するのか。
どれだけの思考が詰まっているのか。
苦痛を乗り越え、生産されたものなのか。


芸術的に素晴らしい作品というものは、「凝縮された思考」が無意識的に、でも直接に感じ取れ、感動を覚える。
そういうことだと思います。


誰かを感動させることができる。
そんな生産物を作ることができるために、毎日思考を続け、プロを目指したいと思います。

プロフェッショナルとは、思考。

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良い本との出会い、ライフハックとか

とてもいい本と出合いました

聞いたことがある人も多いと思いますが、その本は「世界一シンプルで科学的に証明された究極の食事」。
端的に言うと、科学的・統計学的な見地からの食生活に対するアンサーの本です。

SNSで見かけてその場でカートにいれて買ってしまったんですが、思ったより良かった。

まず、個人的に今まで漠然と抱えていた不満として、食事について書かれている本や、インターネット上のサイトや、テレビはたくさんありますが、どれも違うことを言っているように思えたんです。
あれが良い。これが良い。
と思ったらあれはだめ。これはだめ。

結局何なの。って不満。

強く感じていました。

しかし考えればそのはず。

「体に良い」ってのはとても抽象的で、取り方によってはどの食事も「体に良い」と言えちゃうんです。

身体に良いってのはつまり
〇〇ガンの発生率を低下させるのか
脳梗塞の発生率を低下させるのか
ボケ防止に効果的なのか
メタボ対策として脂肪を燃焼させる効果があるのか
身体が弱ってるときに栄養をあたえてくれるのか

このように尺度が無数にあります。
だからこそ、言い方によっては「体にいい」んです。


しかしその中でも、相対的に比べた中で複数の効果がありその意味でより優れているものというものがあります。

逆に、多様な角度から分析してもこれは身体によくないって食べ物があります。

この考えで、食事を5つのジャンルに分けて評価していました。


分かりやすいものです。
読者からしたら、この中での最良の評価を与えられた「①魚②野菜・果物③茶色い炭水化物④オリーブオイル⑤ナッツ」を意識して食べればいいだけのことですから。

肉を魚に替えて、白米を玄米に替えて、野菜果物を積極的にとる。
うどん、ラーメンを蕎麦に替える。


年金については今政治でもいろいろ言われていますがw
少なくとも社会構造としては「長生きしたモン勝ちの社会」であります。

特に僕は弁護士になって独立するので、身体ひとつで稼いでいかなければなりません。
そう考えた時に、どうしてもまず自分の健康を考えます。

強い身体でタフに働くためには、どんな生活をすればいいのか。
この問いに対しても僕の中でいくつかのアンサーはあって、

①運動する(ジョギング)
②睡眠はたっぷりとる
③暴飲暴食は控える
④(昔はずっとやってたけど)筋トレする

こんな感じです。

心身ともに健康であるためにはどうすればいいか。
ネットや本で情報を入手しますが、大体こんなことが書かれています。

その中で、③に関連してよりベターな食生活ができるよう、自分の中でスキルアップしたと評価できます。


で、考えたんですが、
人生生きていくうえでも結局のところ、より絶対的な意味に近い「これやったほうが良いよ」ってのが複数あって、
それを生活する中で一つ一つ習得していくのが、一番賢いやり方なのだと思いました。


極端は話、歴史に学ばない者は愚か者なんていったりしますが同じこと。

人が失敗するのは、共通点があります。
代表的なものは
・金
・異性
他人の人生から学べます。


これは同じことです。
自分は太く短く生きたい。
って人ならば全然構いませんが、より健康的に生きていくためには、不健康な人の食生活を反面教師として学習し活かすべきです。


去年こんな記事を書きましたが、言っていることは似ていると思います。


学習し、教訓として自分に活かすべきだ。

その積み重ねが言わばライフハックであり、賢く生きるための知恵・テクニックの集積だと考えます。

ただ、先ほど「より絶対的な意味に近い」との言葉を使ったとおり、これは個人差があります。
食事についても、あてはまらないものがあるかもしれません。
筋トレすると調子が狂う、そんな人もいるでしょうか。
だからこそこれは相対的にならざるをえないと思います。

つまりこのライフハックは人により異なります。
いかに早く自分のものとして確立できるか。
磨き上げていくことができるか。
それで、人生の質も変わってくると思います。

損しない人生を生きていくためには、考えていかないといけません。
そう考えます。




リベラルアーツとは



リベラルアーツはこのブログのタイトルに使われていますが、以前その理由を書きました。

学び、考え、提供される教養。

自分でもリベラルアーツって単語にはとても魅力を感じるし、これからの社会でのキーワードになると思っています。

でも、具体的にどうやって?って考えれば考えるほど、抽象的な言葉だけでに、難しいものです。

例えば、リベラルアーツを勉強したとして、それっていったい何のメリットがあるのでしょうか。
どういった得があるのでしょうか。

この問いに、なんて答えようか。
今日、温泉につかりながら、そんなことを考えました。


で、結局見つかった答えは、
「それはこれからの情報化社会を生き抜くために必要な態度・姿勢」
って、こんな感じのフレーズです。


要は、僕が考えてるリベラルアーツってのは、単なる知識じゃありません。
捉えようによっては「考え方」であり、「フィルター」であり、「態度、姿勢」であり、「思考経路」でもあります。

膨大な量の情報を扱う中で幾度となくその情報に対する判断をせまられます。
例えば「老後2000万円必要」という情報に対し、「それはヤバい!急いで貯め始めないと!」っていう思い。
「老人が車の運転を誤って他人に危害を加えた」という情報に対し、「それはヤバい!老人からは免許剥奪だ!」っていう意見。
「引きこもりがちな青年が人に危害を加えた」という情報に対し、「それはヤバい!ひきこもりは危ないから守らないと!」っていう発想。

日々ニュースでいろんな事件があって、色んなコメントを目にします。
はっきり言って、「脊髄反射」。
そんなコメントも少なくないように思います。


例えば僕の父は亡くなりましたが、特殊な環境で育ち、恵まれているとは言えない中で、必死に家庭を作ってきた、そんな人です。
ほかに、小・中学生のクラスメイトで、性が頻繁に変わったりと複雑な環境の中で生きてきて、結局犯罪を犯して今も刑務所にいる人がいました。


もしそんな人たちが、両親とも円満で、大学までいかせてくれるような家庭だったら、どうだったでしょうか。

生まれ変わっても、また同じ境遇で育ちたい、と思っているのでしょうか。

そんなのを考えるたびに、自分でも違う環境で育ったのなら、過ちをおかしたかもしれない。
強く、そう思います。
転換可能性について、深く考えます。


話は少しそれましたが、リベラルアーツとはこのとおり、自分の出す答えまでに道筋を与えてくれるものです。

「脊髄反射」ではなく「想像力」。
それが、リベラルアーツの力です。

つまりは「接し方」。
以上どちらかという倫理的な側面から言及しましたが、これは例えば「とある数値」に対しても同じことです。

先ほど紹介した「老後2000万円必要」というフレーズ。
この2000万円ってどうやって弾いたのか、気になりませんでしたか。

自分と似た境遇で本当にこれだけの額が必要なのか、って目線で考えると、全く異なる結論が出ると思います。

ほかにもそう。
日頃から数字を目にしない日はありません。

目の前にある数字が何を意味しているのか。
独り歩きして自分の中で誤った解釈をしていないか。

間違いなく言えることは、数字に弱いと、損をします。



さらに、ある程度「社会の仕組み」をわかっていれば、いわゆるフェイクニュースはすぐにそれと気付くものです。
「こんなことはあるはずがない」
この直観はシンプルだけど、とても価値のあるものです。


こうやって考えると、リベラルアーツとは、「正しい答えを導き出すだめのツール」といえる気がしました。
間違いではないと思います。


そして、先も言ったように、これからの情報化社会。
情報の洪水で溺れないように、一つ一つ扱う技術が求められます。

逆にいうと、「知識」こそこれから不要になってくる時代が訪れます。
調べたらすぐに知ることができるし、そして何よりその知識はあっという間に古いものとなるからです。

絶えず情報が更新され、日々新しい情報に接していくのが、これからの社会でしょう。


だからこそ、その一つ一つの情報に対して的確に対応することができる、「リベラルアーツ」の需要は大きくなってくる。
僕は、そう思います。

奇跡

令和元年司法試験予備試験短答試験の、合格発表が昨日ありました。

結果としては、無事受かってました。

とりあえず、大きな一歩です。

それはいいとして、来月、論文試験があります。
ここまでくると、論文にも何としても受かりたくなってきましたw

来年、短答で落ちる可能性も0じゃないし、今から1か月間、死ぬ気で論文やります。

ひとつわかっていることは、過去問解いてて思うんですが、今のままで論文を合格するのは奇跡が起きないと無理ということです。

自分の今のレベルは、問題を見て、論点は大体わかって、そして結論もこうなるなぁというのが曖昧にイメージできるくらいです。
それを短時間で組み立て、答えを導き出すスキルはありません。

予備校教師が言う「絶対覚えなきゃいけない論パ」さえ、覚えていません。
そういう、レベルです。


まぁでも逆に言えることは、伸びしろはMaxです。
それに、社会人とし6年ほど仕事をしてきた実績があります。
文字を書いた量、読んできた時間というのでは絶対負けていません。

文字を書くのには、自信があります。
その基礎をもとに、最低限の論パを覚えて自分なりの書き方を身につけて、時間内にしっかり問いに答えることができるのなら、奇跡は起こるかもしれません。

奇跡を起こさないと受からないって考えると、逆に起こせば受かるんじゃないかって思えるようになってきました。

0%ではない以上、イケる気はしています。
根拠はありません。

あと1か月。
さらにギアチェンジして、何としても論文クリアします。


目標が、その日その日を支配する。
プロフィール

WIPA

Author:WIPA
司法試験受験生。
転職活動中。
趣味は読書。

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