人生はあみだくじ 


ふっと、腑に落ちるような表現を思いつきました。

「人生はあみだくじ。」

人との出逢い。
イベントとの遭遇。
ある衝撃的な光景。

物語のサブストーリーのようで実は本筋だったように、
日常の中でほんの些細な何か、しかし決定的なものであったり、
価値観の合わないあの人が自分の人生をある意味決めてたり。


いつも飲むビールの味が変わってたり、
いつも聴く曲がちょっと違った風に聴こえたり、
いつも見る景色がガラっと変わってたり、
いつもあう人の印象が違ってたり、

色んな所で
”あみだくじ”的現象が発生しているように思えます。


その道の先が、”本来なら”違ったはずだったのに。

じゃぁ”本来なら”どうなってたのか。
結局色々纏めて太い太い一直線で、いいんじゃないの。


いや、そこは細かく考えてもいいんじゃないでしょうか。
少なくとも、そう考えたほうがおもしろい。

今の自分が何を考え何を欲しているのかも、
結局はあみだくじの途中でいろんな「移動」をしているからで、
そういう意味でもたくさん「横に動いちゃった」ほうがたぶん楽しいわけで、

そして何が言いたいかというと、

こうやって
「今の自分への到達過程」を考えるのって凄く楽しいわけで、考えさせられるわけです。

皆さんの、「決定的な横線」って何でしょうか。
やっぱり「人」ですか。
あるいは(僕のように)「本」だったりしますか。


ただ、あみだくじで良いところは、後ろへ戻ることはありませんよね。
なんだかんだ進みます。

自分が何に影響を受けてここまで進んできたか、
生きてきた人生で決定的なモノって何なのか。


そういう会話を、割と本気で、知らない人としたい、なんて思ってます。
薄く”演じる”よりも本気で”生き抜く”。
この違いってのが、社会人約5年目にもなってくるとなんとなくわかってくる気がします。


次に、僕の人生に横線を入れちゃうのは何なのでしょうか。
やっぱり退屈はつまらないので、その時はインパクトのある太い横線をお願いします。



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教育の賜物、学問の成功


唐突な質問ですが、そもそも学問の成功って何でしょうか。

勝ち負けばかりのこの世の中。
そこで、勝ち負けに限られない、「成功」について考えてみませんか。

そもそも学問は何のためにあって、教育を行う目的は何なのでしょうか。

多分その答えとして僕が知る限りの一番簡単なものは、「一人前の社会人」になるためです。
教養のあって、分別をわきまえた、大人。


一人前の”社会”人。
社会の中で生きていく。
コミュニケーションを的確に行い、組織の一員となったりして世の中に貢献できる人。

この”社会”って言葉との対義語は”個人”です。

あえて断片的に社会と個人って言葉で分けて考えますが、
この文脈での”個人”が「自分は社会の一員である」って事を否定するなら、
その意味で疎外感的なもの、「はみ出たもの」って自覚を与えたならば、
それは教育の失敗であり、学問が無価値になった瞬間だと思います。

本質的にそうであるはずの、「自分はこの社会の中で生きている」って感覚。
これを個人で否定したとき、社会と個人は分断されます。
個人は孤立します。

この疎外感こそが社会での不協和音でもあり、僕がギスギスした世の中だ、と感じるもとでもある気がします。

ただ、実際はそうではありません。

ちょっとした周りの環境の変化で、耐えられなくなったりすることもあるかもしれませんが、
そもそも人は人のために生きていて、お互い認め合うってのが、
性善説的すぎるかもしれませんが、僕の考え方です。

そして、その延長線上に、
逃げても、避けても『一市民』であることは変わらない。
どうあがいても有権者であり、社会を作るその一人である。
って考え方もあると思います。


その責任感の認識。
自分では何ができるか。
それを考えた瞬間が、学問が成功した瞬間である。


ある意味で、”主体性”
ある意味で、先ほども使った”責任感”
この言葉たちが、社会を支える本当のセーフティネットになると僕は思います。



”教育の賜物、学問の成功”ってちょっとカッコよい(?)ことについて、考えてみました。

そして今日語ったこの意味で、
”ノブレス・オブリージュ”って言葉を僕は使っている、ってことにします。

つまり、
決して、金があるから分け与えろってもんじゃなく、
”教育の賜物、学問の成功”の恩恵を受けている以上、何らかの還元を、
ほんの少し、やってみたらいいんじゃないですか?

そして、それってどういうことだろう?って考え始めた瞬間に、学問の成功は目の前にある気もします。

"必死に生きる"意味

何のために、生きてるのか?っていう究極的な問い。

朝起きて、出社して、いろいろ耐えて、帰宅するってこのルーティン。

「必死に歯を食いしばっていきって、一体みんな何を目指してるの?」



この、バカみたいな”うぶ”で、バカみたいな初歩的な問いは
実は究極的で、サラリーマン、社会人にとっては「深く」考えないといけないテーマになっていると思います。


簡単に想像してみてください。
知り合いの子供、小学生。
いつもの働きぶりを伝えたら、その子供から、ものすごいピュアな、表題の疑問が出てきたら、どう答えますか?


何で、学生はあんなに楽しいのに、
社会人になったらそんなに苦しいの?

そもそも、なんで、社会人は、そんなに苦しいの?

続きは僕自身の問でもありますが、”何で、耐えたら強い、みたいな風潮なの?”

少なくとも、組織で働くうえで、忍耐力とか、そういう能力は間違いなく必要だと思いますが、
耐えればそれで評価されるもんでしょうか?



っていう前置きの議論は置いといて・・・

結局、表題の、"必死に生きる"意味 ってのは、個人的に解釈すると、
自分の輝いた(はずの)の一番の時代を、取り戻すか、思い出すか、継続させるか、どれかのためである。
そう、僕は思います。


結局、生きたその”青春の濃度”によって特に大学出て社会人になって、どれだけ遊ぶのかってのは、左右されると思うでんす。


昔からのリア充は、”東京カレンダー”なんて記事読みませんw
ただ楽しいもの、面白いものを追い求めていく、それだけが人生になってるような気がします。



特に東京に住み始めてから、多摩方面とか、所沢方面とか、渋谷区内とか、色んなところに住み始めて、
色んな思いが僕にもあります。



ただ、僕の仮設としては、以上の文脈で、
いわゆる今の”満足心”ってのは、学生時代の”後悔”ってのと反比例になりやすいというか、
インセンティブになりやすいということで、
・・・

究極的に言えば、学生時代に”自分の青春時代に後悔している”っていう感覚のある人のほうが、
結果を残しやすいってことです。





簡単に考えれば、皆さんの周りで、小中学校の同窓会に進んでくる人or幹事をするような人で、
高校大学の同窓会を取り仕切る人ってどれくらいいますか。

そういう人って、どういう人ですか。



そして、最後に個人的な質問。
社会を変える人って、どんな人ですか。


考えて、考えて、そしてまだ僕は考えようと思います。
恥ずかしいけど、言わなきゃならないフレーズ、どんな形でもいいから、微々たる歯車の一つでもいいから、



僕は社会を変えたい。

って、本気で思っています。
入省依頼、かれこれ4年。



皆さんは、そこまでして生きて、どうしたいのですか?

明けましておめでとうございます[今年の抱負]

明けましておめでとうございます。

早速ですが今年の抱負。
・本をあげる
・司法試験予備試験の短答式に合格する
・イクメンになる

に設定しました。
あとから思ったんですが、仕事上の目標が全く湧いてこなかったのがつらいですねw
仕事上での目標はありませんが、淡々と、それなりに、ボチボチ、頑張っていきます。()

最初にあげた目標について個別にみていくと
・本をあげる→
ほぼ3年前や
2年前の記事でも
書いてたんですが、やっぱり僕の中で「おせっかい」が社会を変えるって考えてるのはずっとあって、それをほんの少し形にしてみます。

なぜ対象が本なのかというと、本ほど、与え合うものとしてフィットしているものは無いと思うからです。
「金銭的価値じゃ計り知れない」もの、「なぜだかよくわからない」けどくれたもの、そのあげる対象ってのは本だと、僕は思います。
まぁ定期的に実家に郵送はしていますが、今の家の本棚のキャパ的な限界も近づいてきたところなので、有無をいわさずたくさんあげちゃいます。
もちろん、あげる相手は選びますが。


・司法試験予備試験の短答式に合格する
→これはそのまま。
過去問一周解き終わったのが、憲法民法刑法だけです・・・。ちょっと急がないとヤバいと焦ってきました(今ころ・・・)。
願書受付も今月内なので、明日か明後日に法務省まで散歩がてら取りに行きましょう。職場もすぐ近くなんです。


・イクメンになる
→勉強だとか仕事だとか言い訳せず、やっぱり子供が生まれたら父親になるわけです。
「無駄な飲み」は断って直帰。二次会はいかない。メリハリつけて子供の相手をするときはする。
・・・って言ってもまだ産まれてきていませんが、もう少しして産まれてくる子供に対しては、最大限の愛情で接します。

自分の時間の使い方など考えなきゃなんないところは多いですが、僕はちゃんとした父親って像にあこがれているので、
家族サービスの時間は確保します。
まぁ本当のところ、生まれてこないと可愛さとかは分かんないわけで、ただ単に仕事とかを理由に家庭を放棄する親ってのが
本当に嫌いなだけです。その逆をしたいだけです。



っていう風に、3つまとめてみました。

でも、なんか改めて思い返すと、やっぱり僕の思考の成分は「本」で出来ているんだな、と。

本にハマり、本から学び、本で繋がり、本を分かち、本から考え、”本”とは何かについて考える。
その恩返しをする年にする、っていうと聞こえがいいですねw

感謝してるのは本当です。
そしてその環境を与えてくれたのは大学の図書館です。
ちゃんと感謝して生きなきゃなって思えるのも本のおかげでしょう。

仕事だけじゃない。勉強だけでもない。
色んな事を感じながら学び、考えて考えて考えて、素晴らしい1年にしようと思います。
プロフィール

WIPA

Author:WIPA
司法試験受験生。
転職活動中。
趣味は読書。

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