手の届く範囲

今読むと恥ずかしいレベルの昔の記事
にも書いてますが、僕は『GO』っていう映画が大好きです。

読書に対するブログ ってのはちょっと方向性変わりつつあるのかなぁなんて思ったりw

『GO』の映画の中で、腕を伸ばして「それが自分が届く距離だ」なんて、窪塚がオヤジさんから言われる場面があるんです。
強く印象に残ってます。
自分のテリトリー。
ちょっと飛躍しすぎてるかもしれませんが、自分の出来る事。
自分が触れる範囲、自分が為せる行為、自分が達成できる目標。


この「手の届く範囲」ってのが、自分の中で凄く変わっているということに気づいたりしています。
何でも出来ると信じてやまなかった社会人1年生。
世界を変えるなんて書き綴ってた僕がいましたw
でも本当に、ネットで何かしらの情報を発信しながら、「トップダウン」という形で自分の意見が
拡散されたりするもの、なんて
思ってました。

そしてその難しさに気づいた社会人3年生。
「トップダウン」でなんて無理。
まずは逆に「ボトムアップ」で地味な事からコツコツとしなきゃなんない。

そして一周して、がむしゃらささえ失わずに、出来ると信じて頑張れば何とかなるんじゃない?と思い始めた社会人4年生。




東京には本当にたくさんの人がいます。
通勤ラッシュにすれ違うものすごい量の社会人。
なんか上から目線みたいな言い方になっちゃいますが、
目をみればなんかわかりますよね。その人のベクトルが。
「内」へ閉ざされているか、「外」へ拡がっているか。

他人の事を批判するつもりはありません。
ただ、振り返ってみると多分自分も「話かけてくるな」的な目つきしてきたのかな、なんて思ってますw



話がそれつつありますが、「何が出来るか」はその時の自分が決める事。
主観的な世界の広さも変わってくるんですね。
それを拡げるためには「人とあう」「本を読む」「旅に出る」
この3点しかないと思います。

今日図書館で8冊借りてきました。
3冊読んだ所で本の世界にハマッてしまい、考えるトコロがありこんな記事を書いちゃいました。

明日も読書の日にしたいです。

おやすみなさい。
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方法としての 仕事

朝7時の電車に乗って、23時に帰宅。
そういう生活を続けたりする社会人って多いと思います。。
仕事が中心 っていつの間にかなっちゃって、
仕事のために生きていく。悪い言い方で、すがりつく。
長く同じ職場で居るほど、依存度も高くなるものだと思います。

そういうものだと思います。
仕組みとしてそうなっているものだと思います。
ただそれを分かって”仕事に対して接する”ことで、姿勢がだいぶ変わってくると思います。

個人的な部分もありますが、常日頃から仕事に対してはあんまり深くかかわらないようにしていますw
いきなり言っちゃうと大げさですが、別の言い方で過度なコミットは控えています。
”あくまで、仕事ってツール”
その考え方を、大阪にいるときに教わりました。
仕事以外の場所で。
そして今でもその通りだと思います。

「自分を成長させてくれる手段」
それが仕事であり、目的になってはいけない。

では、成長って何か?
こうやって考えているこの時間が成長させてくれる時間であり、
その答えも人それぞれ。

昔からブログでも書いてますが、組織人となるよりまず社会人、まず立派な大人。
その自分の中での「確固たる像」が無ければいけないと思います。
そしてその像を強く意識することにより、無意識の中で自分の行動、振る舞いが変化する。

結局こうやって、人は
ゴールから逆算して”つくられるもの”
それはもう社会人も4年目に突入しましたが、強く思うようになってきました。

「組織に身を投じるようになれば終わり」
「いつ辞めても良いような働き方を目指す」
「自分の目標を常に意識する」



なんか、自己啓発チックなブログになっちゃいましたがw
もう2016年も二か月も終わり、何かしなきゃという「逃げる感覚のもと、殴るように」書いちゃいました。


普通に働いて普通に生活する。
その合間に思考を継続させていきたいです。

生活の感覚

東京出てきて、明らかに日頃の生活をする上での感覚が変わってきました。
普通に暮らしながら考える事が多々あります。
多分、端的に言うと「格差」についてなんですね。

最近、よく読む雑誌があります。
『AERA』。(URL)
朝日の雑誌です。
どちらかというとリベラル系、朝日路線だと思います。

面白いんですよね、特に仕事論。生き方特集。
読んでて飽きない。

何故か?
東京へ来て実感しました、格差ってやつを。
多分僕が感じてる実感なんか本当の格差に比べてごく僅かな部分だと思うんですが、
それでも感じて思うことはあるんです。


まず東京って、「路線」で格差が生じてきますよね。
ここが面白い。

そしてどの路線、どの沿線に住んでるかで「レッテル張り」を行う。
気が付けば見下し、逆にねたむ。



・・・ここまで、少し言い過ぎましたかね??
でも僕も少なくない人と東京へ来ても出逢って、いろんな感覚を覚えました。
東京特有の空気。
都会だからこそ発生するこの「羨望」「嫉妬」的な欲望感。


ここまでネガティブな言葉で罵ってきたみたいな語り口調になっていますが、
それは仕方ないと思います。

セレブが住む街。
誰しもあこがれる。
そしてそれが地理的に自分の行動範囲である。
その条件がそろうとき、ポルノグラフティのアゲハ蝶の歌詞みたいになっちゃう気がするんですw
あのサビの部分。
夢で逢えるだけで良かったのに、
愛されたいと願ってしまった、
世界が表情を変えた。
・・・w

でもマジメに、このフレーズってすごい当てはまると思うんですよね。
【あっちはあっちの世界】、つまりTVの向こう側の世界が急に身近に感じるようになる。

恵比寿、麻布、六本木、自由が丘・・・
僕たち若者にとっても住んでみたい、皆が憧れる場所です。
住むことは無理だけど週末遊びに行ける距離。


逆にホームレスを目にすることも多くなりました。
光と影。
正社員と非正規の格差とかも叫ばれていますが、それを感じます。


この格差を容認できない人が多すぎるのが、この社会がこんなにも生きにくい理由。
資本主義だからこそ格差が生まれるのは当然ですが、その帰結に対しどう考えどう行動するか。


社会を作ってるのは個人。
あまり、しがらみばかりの社会で生きるのはつらいですね。

また引っ越し(半年ぶり6回目)

また引っ越しをすることになりそうです。
理由は飽きたからw

っていうのも少し本当なんですが、色々ありまして。
半年だけですが多摩民として暮らし、胸を張って多摩民として卒業できそうですw

「アーキテクチャ」って言葉をご存じですか?
もともと、建築学の言葉です。

こんなサイトで詳しく述べられたりしてますが、要は人の意思決定要因の一つです。
無意識のうちに選択する。
身の回りの環境、居住環境ってとてつもなく大きい存在だと思うんです。


そして自分で考えてみた結果。
ここは半年住んでちょうどいい位だ、と結論が出ました。

door to door 1時間半かけて通勤してても良いんです。
電車で座れなくても良いんです。
ただ、通勤に、日々の生活に、物語が生まれないw

刺激が少ない。
自分の身にはあっていない。


それが結論です。


普段、結構意外と「物語」って身の回りで起きてるもんだと思ってます。

大阪に住んでた時は、本当にたくさんの物語があった気がします。

弁当を洗ってくれるラーメン屋のおばちゃん(お姉さんw)、近所のおいしいお菓子屋の新作、
公園で読書、バーも言っしヒトカラまで行ったw


でも、ここまで言っちゃって自分の内側が変わってしまっただけなのかな・・・
なんて想っちゃったりもしてます・・・

自分自身を見つめなおすきっかけのために。
引っ越します。

次は・・・小田急・京王あたりのユーザーです。
プロフィール

WIPA

Author:WIPA
司法試験受験生。
転職活動中。
趣味は読書。

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