スローライフ

こんばんわ。
今週末は帰省しておりました。

何回飛んでも、羽田発着のフライトは飽きませんね。
四国方面へのフライトだったのですが、行きの便で富士山の真上飛んでて興奮したところです。
上から見ると、真っ黒いんですね、雪が降っている白をにのぞいては。

ちょびっと読み返しました。
最近のブログの記事。
同じようなこと書いているなーっと思ったり。

「社会を良くする」みたいな抽象的で大それた事を目的として考えた場合でも、
根本的な部分で一番重要なのはやっぱり社会を構成する「個人」がいかに行動するか、どう動くか、ってトコです。

例えば優秀な人材が集まって、こんなことが出来る、あんなことをすれば良くなるんじゃないか、的な
議論をしたって、それが圧倒的な数の”大衆”に伝わるかどうかなんてわかりません。

圧倒的な大衆がボトムアップで変わっていく。
それはやっぱり何度も言っているかもしれませんが「ほんの少しの思考」だと思うんですよね。

悪い意味で語られる”大衆”が良質な”市民”になる瞬間。
それは個々人が「考える事」を開始した瞬間だと言っても過言ではないでしょう。

『思考の介在』。
間違いなくこれからの世の中、キーワードになる言葉です。

(以前の記事参考⇒http://yoriblog0429.blog.fc2.com/blog-entry-134.html

それを前提として、今のサラリーマンの就業状況に関連させて考えてみると、これから絶望的ですね。
何しろ「考える時間」が確保されていないのですから。

昨今のワークライフバランスといった風潮。
全面的に賛成します。
仕事を終わらせ、それ以外に「考える事の出来る時間」、絶対量を増やす。

そうすれば新聞でも経済面だけのチェックのみならず、色々な情報を入手し、考え、発信する時間が増えると思います。

僕もハッキリ言って東京へ来てからの5か月、
毎日8時半から23時まで仕事をして、クタクタでしたw

自分の時間って間違いなく必要なんですよね。


今回木・金と2日間お休み頂いて、帰省して農作業して、休憩中にボーッと畑を眺めて、
時の流れるスピードの違いを身を以て体験しました。

スローライフ。
全てをコスト(タイム)パフォーマンスで片付けないように。

人間らしさってのはそんな遠回りする道の中に見いだされられるものではないでしょうか。

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消費するもの

今日はもう1つ、更新。

なんとなく、ですが最近思っている事。

人には、100ある容量の中で消費している力、があると思うんですよね。

一つ目。
考える力。
これは消費している、というよりさせられている、といった方がいいかもしれません。

モノゴトを考えさせられる時間。
それが勤務時間中10時間あって、その人にも考える能力が100あってそれをちょうど消費したならば、
その時間以降は考えようとすることをしません。
キャパオーバーです。

ちょっと早く仕事が終わり、半分ほど考える能力がまだ備わっている。

そういう余裕がある人は”考える機会”を作ることが出来たんですね。
そうするかしないかは別として。

何が言いたいかというと、
「自分の事でいっぱいいっぱい」な人ってのはゴロゴロいるんじゃないかって事です。

ニュースを見る時間、SNSを更新する時間もない。
考える時間、気力も残っていない。

そんな人達が作る社会が「思考停止社会」でないはずはありません、よね。
って事がまず一つ。



もう一つ。
「自分の人生の中で楽しめた時間」
まぁいわば嫉妬・妬みのもととなるやつですね。

これは人に100与えられて、社会人に出たときに「もう自分は十分に楽しんだし、悔いはないっ!」
って人もいれば、「俺はずっと勉強やって今の会社に就いた。これからだ!」的な人もいますよね。

どうですか?
今自分の身の回りを見て。
後者の人って、凄いパワー持ってると思いませんか?

端的に言うと大卒高卒とかそういった所から分岐点なんですよね、たぶん。
人の行動様式を分けるんですよね。実感なんですが、これは確実に言えます。

今もまわりでめちゃくちゃ遊んでる人って昔意外と目立たなくて勉強してた人だとか。

そういう風に出来てるんじゃないか、って思いまったりしました。
完璧に個性に依存するものなんですが。
こうやって人は常に抗って生きている、そういいたかったんです。

名誉のために、金のために。

あたかも「失われた過去」を取り戻しているかのように。
トータルで100になるんじゃないかなっ、なんて思ったりもしてます。


ではおやすみなさい(*^_^*)

承認欲求


東京へ来て早くも4か月。
呼吸をするように時間が過ぎていきますw

たくさんの人に出会って、いろんなイベントがあって、仕事以外にもたくさんの事を経験させてもらいました。
何とかやってます。

タイトルですが、人の繋がり、っていうものの根本的な部分に対する僕の考えです。
そうですね。
結局人は、他人に認められたく、そのために人を認め、そのために考えるっていう行為をしているんだと思います。

1対1でのコミュニケーション。
”社会”単位でも一番ミクロな部分での社会的行為。
それは「自分が認められたい」って気持ちから発生するのかな、なんて最近思っちゃいました。

東京へ来て感じました。
凄いパワー。
通勤時でもそう、週末でもそう、早朝でも深夜でも。
皆自分に必死なんです、たぶん。
他人のために、とか社会のために、とか、
考える余裕がない、時間がない。

僕もそうなんですが本当に忙しい一週間過ごしちゃうと、土日寝て終わり・・・とかで
生産的な時間を確保するってのが非常に難しいですよね、ホントに。

なんていうんですかね、
昔(といってもつい1年前とかなんですが)の僕は考えてました。
もっと社会が良くなるように。
そのために何が自分で出来るんだろうって。

そして僕は気づきました。
トップダウン的な、
あたかも自分が社会を作れるようなアプローチってのはまず不可能。
ほんの小さな事からでいい。

他人を認め、コミットする。

いや、本当にこっち来て思ってるんですが。
世界って広いですね。
ブログ更新辞めちゃおうかとも思いました。
自分が小さすぎるって事に気づいて。

このブログも結局自己満足。
今はそれでいいと思います。

いつか振り返って続けてよかったと思えるように。
小さな出逢い。
小さな思考。

それを形にする。

それを繰り返して行こうと思います。






今日ジョギング中にいい写真が撮れました。
明日からも1週間、頑張りましょうっ(*^_^*)

働く、寝る、食べる、遊ぶ

27歳になりました。
年齢的には大人になりました。
でも僕の中ではまだまだ子供。
立派な大人になりたいっていう願望は常にあります。

社会人として、或いはそれ以前に大人として、最低限のマナーってなんでしょうか。
東京で働き始めて早くも半年弱。
答えは「思いやり」って部分かなっなんて思います。

仕事で糞忙しい時にでもゆっくり深呼吸して笑って受け流せる的な。
僕だけで生きているんじゃない、勿論ですね。
『付加価値』って自分自身につけようとするものでなく、付け合おうとするもの。
なんて思ったりしました。


ぶっちゃけ皆ギリギリで生きているんです。
なーんにも考えていない人もいるんでしょうが、
意外と皆内心ギリギリなんですよね、たぶん・・・。

何でギリギリかって言ったら、「社会から認めてもらいたいため」って事が分かった気がします。
他人から。組織から。社会から。
自分を肯定してくれる『特定の他人』を探し続ける。

結局その繰り返しなのかな、
なんて東京でたくさんの人と出逢って思いました。

肯定のし合い。
お互いを認め合う。
1対1ってそんなもん。
そういうのがWIN-WINの関係っていうものであって、
小さな場所から築きあげてほしいですね。


社会のために何が自分が出来るか、
じゃなくてそれ以前に「ある特定の他人にどれだけの事をしてあげられるか」。
それがめぐりまわって社会を良くする。

結局は地道かもしんないけれども、そういったちっちゃな事からはじめないと。

ってことで27歳フレッシュ(!?)サラリーマン!

明日も頑張りまーす!

環境の変化

昨日、婚姻届を市役所へ提出してまいりましたw

夫 になっちゃいました・・・。

最近は入籍準備(!?)とかで全然ブログがかけていませんでした。

1週間1更新。
がんばっていきたいと思います。

フワフワしてるばっかりじゃなく、立派な夫になれるように。
一人前な大人になれるように。


なんか仕事もそれなりに忙しいんですけど、
それを言い訳にして読書量も減ってたし、司法書士勉強も進んでいませんでした。

これじゃダメです。
もっと空き時間を有効に。
ムダな(!?)飲み会行く回数を減らして自己投資の時間に。

意識して変えていかないと、このままズルズルいっちゃいそうです。
頑張ります、これからも。
プロフィール

WIPA

Author:WIPA
司法試験受験生。
転職活動中。
趣味は読書。

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