バンコク旅行記

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7月11日から14日まで4日間、バンコクに一人旅行ってきました!
初一人旅、なかなか緊張しましたがとりあえず無事にかえってこれました。
けがもなく、大きな金銭的被害もなく、ただお気に入りの白ハーフパンツを忘れちゃいましたが><

ダラダラ旅行記を書いちゃうのも面白くないけど(それに既にたくさんの人が書かれていて新鮮味ありませんし)、
少し写真をピックアップしながら振り返ります。
最初の画像はエアバスA-380-800。世界最大級の航空機です。関空、さすが国際空港!滑走路も長いため大型機も離着陸可能です。

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↑ウィークエンドマーケット。
約1000もの店が公園の中にあります。これも出店数は世界最大級といわれてます。
歩いてたんですが、広い広い・・・。甲子園300個分位あるんじゃないかと思いました(^_^;)

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↑カオサン通り。バックパッカーの聖地ですね。
安いホテルは1000円位からで、シャワーついてるホテルも2500円位でありました。
日本人は少なめ、ほぼ欧米人です。
日本人ってパックでくる方が多いんでしょうね。団体ゾロゾロってのは何度か目撃しましたが、
個人で旅行してる方は見かけませんでした。(カオサンのみにかかわらずです)

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↑バンコクは屋台文化。
ハエとの勝負ですw
また、水辺の屋台ではこの写真・ミズオオトカゲのような爬虫類も出現してきます。
大きいのは2mにもなるらしいですw

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↑不動産業に関しては景気がよさそうでしたね。
建築中の高層ビルが多々見受けられました。
でも、逆に計画途中で頓挫したのが分かるようなビルもありました。。
デベロッパー関連、不動産業に関する広告は本当に多かったです。

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↑わかりにくいですが車は半分以上が日本車、ほぼトヨタかホンダです。
タクシーに限っては8割くらいが日本製です。
車に限らず、現地で日本製品を見かける頻度は非常に多かったです。
広告含めても、
・メーカー(パナソニック)
・百貨店(伊勢丹、東急)
・コンビニ(セブン、ファミマ)
・バイク(ホンダ)
・自動車(トヨタ、ホンダ、マツダ)
・お菓子w(トッポ、コアラのマーチ、ガリガリ君)
・ビール(スーパードライは結構どこのレストランにもおいてありました、勿論コンビニも)
・日本食(フードコートで行列作ってたのはほぼ日本食レストランでした)
・衣類(ユニクロ)

これはごく一部の紹介です。
後びっくりしたのがポップカルチャー。
小さい男の子がiPadで日本のアニメ吹き替え版みてるんですね、『中2病でも恋がしたい』w
本屋でも、漫画アニメは日本のものはメチャクチャ多かったです。
日本のコンテンツ発信能力はすさまじいですね。
クールジャパン!

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↑郊外。
タイ人は主に中心部でマンション借りる(買う)か、郊外に田畑の横に一軒家を備えるかって形が多いようです。
タイ米が有名ですが、少し電車で走ると一面に田が拡がっていました。飛行機内からもよく見えます。


以上、簡潔ですがこんな感じでした。
価値観変わりましたねー。
タイの共同体論について深く考えさせられました。4日の旅でそこまで現地人とも関わってはいないですが。。。

タイに関するブログなどで予習はしていったので、「タイ人は何に金を使うのか。どんな異なる価値観があるのか。」っていう部分は見てこようと思ってたんです。
タイって「家族、友人」という存在が何よりも大きいんですね。稼いだ金で親せきに車を買ってやるとか、それがごく普通。

なんというか、『理想的な「共同体」としての家族』、ここまで原始的に機能している国ってあるんですかね(たぶん僕が知らないだけですw)。
この話は長くなるので次の機会に分けたいと思います。

最後に・・・
タイも非常に素晴らしい部分はありましたが、やはり住むには日本が最高です!
一層日本の事が好きになりました。
こんな素晴らしい国日本、世界に誇るますよ、本当に思います。
まだまだ日本は明るい!
明日からも頑張りましょう^^v
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ビッグイシュー・バンコク

ビッグイシューを買いました。
前からよく見かける販売スポット、JP大阪駅から阪急方面へ行く途中の地上、横断歩道前です。

変な緊張感はあったんですけど、1冊お願いしますって言ったら向こうのホームレスの方も焦ってるようでゴソゴソとビッグイシューを鞄から取り出してて、なんだか滑稽でしたw
緊張が解けました。
案外普通の人が売っている、って言ったら失礼かもしれないですけど、そのように感じました。


そもそも論なんですが、僕はあんまり「自己責任」って言葉が好きじゃありません。
勿論組織の一員として「責任」をもって行動せよ、その私的には賛同しますが、今社会を生きていく上で声高に叫ばれている「自己責任」って言葉。
自分の発想もリベラルにカテゴライズされるものになってきたんだなぁって自負はありますが、
人生を生きていく上で「自己責任」って何だろう、って考えたりもします。

「自己責任」ってのは、
『人はやれば出来る。そのやる機会も平等に与えられている。ゆえに自分で行ったことには責任を持ち、自分で何とかしろ。もし”敗者”となってしまっても、それは自己責任の問題だ』
って文脈で語られることが多いと思うんです。

僕は上の『』、そうは思いません。
このブログでも再三申し上げていることかもしれませんが、
本質的に人の主体性ってあやふやなものだと思うんです。
生きているのではなく、社会の中で「生かされている」。
「意思決定」されている、何かを感じ思わされている。
それも全て身の回りの環境によって形作られるものだと思うんですね。

ホームレスも社会が作ったものだと思います。
自己責任の社会の中ではホームレスの存在も肯定されます。
(ホームレスになることを肯定されるのではなく、そうなることが「あり得る」っていう意味で肯定されます)
現在はそういう社会制度なんだから仕方無い。

ただどう考えても「社会が人を作る」という文章と「社会から外れた人、ホームレスになった人は自己責任だから仕方無い」って文章とは相対立するものであり、矛盾してますよね。

少なくとも今の僕で考えられることはそのなっちゃった後の事後的フォローって部分ですかね。
ビッグイシューを買うってのは金銭的な形での支援ってことにはなるんですけど、
とりあえず今僕が出来ることはそんなことです。

ちなみにビッグイシューの内容は普通の雑誌って感じでした。
文藝春秋や週刊新潮みたいな雑誌の政治色薄い版ですかね。
内容はリベラルです。

月2回発行してるみたいなんでまた是非買ってみたいです。
以上、ビッグイシュー論。



明日(というより日付変わって今日)、昼の便でバンコクに旅立ちます。
最初は航空券からホテルまで全部自分でやるって意気込んでいましたが、結局全部旅行代理店で働いてる友人に
任せちゃいましたw
向こうで3泊+航空券+保険で7万6千円位です。
後は現地で予算2万。みやげで多分10万ちょいオーバーですかね。

観光が勿論主な目的ですが、ほかにも「コミュニケーション」に重点おいてますw
ボディランゲージでどこまで通用するかww
意味不明な目標ですね、とりあえず刺激受けてきます。

考え方そのものが変わる、そんな旅にしたいですね。
積極的に交流してこようと思います!
寝坊しないようにしたいですね((+_+))
お疲れ様でしたーー

社会・メカニズム

最近読んだ本です。


無縁社会無縁社会
(2010/11/12)
NHK「無縁社会プロジェクト」取材班

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ルポ 若者ホームレス (ちくま新書)ルポ 若者ホームレス (ちくま新書)
(2011/01/07)
飯島 裕子、ビッグイシュー基金 他

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そして今読んでいる本です。

ビッグイシューと陽気なホームレスの復活戦―THE BIG ISSUE JAPANビッグイシューと陽気なホームレスの復活戦―THE BIG ISSUE JAPAN
(2004/12)
櫛田 佳代

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最近はこんな分野読んでるんです。
こんな分野。
なんていうんですかね、こんな言い方すると批判くらうかもしれませんが「社会から外れた人達」に関する考察をしている本。

社会から外れた人、アウトサイダー、社会システムから逸脱している構成要素、、、
これらの人々(要素)を”許容”する社会制度ってどんなのでしょうか?

僕が言っているのは経済的な意味での社会保険制度とかではありません。
失業すれば失業保険が入り、生活保護も受給出来る、といったセーフティネットの事を言っているのではありません。

「社会的な共通認識」、「レッテル貼り」、「共有された価値観」
って部分です。
捉えられ方、って言ったら早いんですかね。
「社会の下層部」或いは「それ以下」の層に属している人々に対する考察。
これを最近は考えています。

で、思ったんですが僕の上記のような捉え方、層の階層化っていう認識の仕方自体が間違っていると。
そう認識するすることで事後的に実際にそのような階層化が始まっているのではないのか、と。

認識の順番の問題といえばそうかもしれません。
元々「社会から外れた人」たちがいて、それを僕たちが認識するのではなく、
僕たちが認識するゆえに「社会から外れた人」たちが生まれていく。


元々人の認識の枠組みの中で「社会から外れた人」ってのが無ければ「そんな人」と認知されるわけはありません。
人から認識されることでその枠組みが出来上がり、及びそこに属していると捉えられている人間が自らをそうカテゴライズする上でそのような階層が出来てしまった、って言えると思うんです。

この認識の発生原因はまず「経済的格差」に起因すると思います。
明確な客観的指標、それが経済的な豊かさではないでしょうか。

また、「共存する上でのリスク・リターン」も原因の一つだと思います。
温泉行ったら見ますよね、『刺青をしてる方入浴お断り』。


それ(社会の階層化問題)をどうするか、どう改善すればいいか、って問題は次回・いつか考える(そもそも改善できるものなのかという問題もありますし)として、
「社会から外れた人」を包括するような社会っていうものの可能性を考えるのが必要な時代が来た、というのが今回のブログの中心テーマです。


何度も言いますが「嫉妬」「妬み」「しがらみ」「憎悪」これが蔓延する社会は生き辛いですよね><
他者に対して、お互い分かり合えるような人間性の構築は、「他者を排除するような共通認識」を作らないことから始まると思います。
排除される指標を取り除く。

要は「こんな奴は俺と関係ないし、違う次元に属してる人で関わりたくないから付き合うのやだ」
って文章の最初の「こんな奴」って表現の中身に着目したいのです。

こんな奴、それはその人が思いついた「こんな奴」ではなく、数ある既存の「こんな奴」の中から皆がそうしているからそれを採用したに過ぎない、
そう僕は思います。

大体数の人々がどの価値観に同意署名を行うかで、社会全体の構造も勿論変わってきます。
言及すればその社会を構成する人々の「質」によって制度を担保している、ともいえるんですが、
逆に言えば「質」の低下によりあっという間に社会は崩壊するとも思うんです。

社会の「質」はそれを構成する人々が採用する価値観によって決定付けられ、
それは脆く壊れやすいものであり、社会システムが機能し続けるという前提で考えるのは間違っている。

ってことを僕は言いたかったんだと思います。
おやすみなさい
プロフィール

WIPA

Author:WIPA
司法試験受験生。
転職活動中。
趣味は読書。

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