方向性

ここ3週間、とりあえず人と逢ってきました。

起業願望のある若い人達とです。
同じ世代に生まれて、もう国をまたいで会社を経営している人もいましたし、
人それぞれ人生設計を聞けて凄く恵まれた機会だったと思います。

独立してるっていうのがその場所でいられることを担保しているような雰囲気でした。

ビジネス、その言葉を何度聞いたことか。
それに対して僕が出来る自己紹介は・・・笑

なかなか厳しかったです。
肩書きも何もありません。
アマチュア・ブロガー・・・?www

その集う場ってのがビジネスの場であり、WIN-WINの関係を築こうとする場なら僕と話しても何らメリットは無かったかもしれません。
僕も開き直っていましたが><

で、結局思ったんですが僕の意見ってのはどちらかというと反ビジネスに近いのかな、って思います。
「組織に従属することなく何かしたい」みたいな願望はお互い持ち合わせているかもしれませんが、
それを語る場所が圧倒的に違うな、って思いました。

MBAとか、ファイナンシャルとか、コンサルタントとか、あまりビジネスチックな話は僕はそこまで興味がありません。

どっちかというと「ビジネスって世界で=資本主義って制度で、人はどう変わっていくのか」を今は俯瞰している状況なのかな、とか思います。
本当にその方向でいいのかな、って。

ブログのタイトルも横文字になっちゃいましたが、
結局僕がしたいのはアカデミックな議論のような気がしますw

制度を考えるってのは制度の中で生きるのとは違いますよね。
個々のどのような価値観を通してこの社会は成り立っているのか。
社会と人間。
制度と人格。
それを考えられる場所は学問の領域だ、
そう身に占めて感じた気がします。

ってことで、学生になろうかと思いますw
夜間大学、どんな人が来るんでしょうかね、申し込もうと思います。
あと、ビジネスとは逆の立場、NPO的な活動をしてる場所を探しています。

また、人と逢うってことも大事だけれど、改めて自分一人の時間、読書タイムを見直すべきだと思ってます。
最近は本当に月5,6冊レベルです。
買った本も山積み・・・。

コツコツと努力、その姿勢も見直して、またもう一回方向性も確認してスタートです♪
良い本、良い人と出逢えることを望んでます。
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タイに行きます

7月中旬、タイに行くことに決めました。
つい、先週決めました。
航空券も予約してあります・・・。

そしてこのニュース。
「タイでクーデター宣言」
まずくないですか?笑

政治情勢悪いのは知ってましたがまさかここまでとは。。。
ちなみに一人旅です。
行先を変更しようかガチで迷っています・・・。

とりあえず旅に出たい願望はあります。
人とあう、本を読む、旅に出る。
インスピレーション3要素、みたいなものだと思っていますが刺激を受けてきたいと思います。
どこに行ったとしても。

海外旅行の話はここまでにして、とりあえずブログのタイトル変えました。
今までお堅いタイトルだったので、ちょっと横文字も加えて柔らかい(!?)感じに。
ですが注釈、一般教養≒リベラルアーツ。
リベラルアーツをそのまま和訳すると一般教養ですが、もっと幅広い意味を含んだ単語だと思っているんです。
リベラルアーツ、モノの考えかた・・・。
そんなことをこれからも考えていくブログにする方向です。

そもそもリベラルアーツって何ですかね。
非常に抽象的ですよね。
ただ、これも僕は「会得、習得」するものではないと思います。
それが目的ではなく、リベラルアーツを身に着けようとする姿勢そのもの、それについて考える行為自体が
目的なんではないのかな、と思ったりします。
容易にコストパフォーマンスって言葉で片づけられる問題でもないと思いますしね。

それを目指して、自分にどんな得があるの?
お金になるの?
そんな考え方自体がリベラルアーツっていう概念から乖離している。

「よくわからないモノ(以前の記事参照)」だけど自分にとって何かしらの価値があるもの。
情報とか知識とかそんなんじゃなく、考え方、態度、接し方。
情報、知識に対するアプローチの仕方。
そんなものを広い意味でリベラルアーツっていうんじゃないでしょうか。


まだ仕事も忙しく、帰宅時間は日が変わってから、ってのが多いです。
こんなしんどい時こそ周りの人に何かを与えられるような人になりたいですね。
職場でも元気に。
口角上げて上を向いて。

思いやりって言い方はおかしいかもですが、もっとしんどい人はたくさんいますよね。
僕だけが辛いんじゃない。まして恵まれてると思います。

世間は広い。
その広い世間、社会、世界に触れ合える機会。
世界の中の日本人ってどんなんでしょうね。

とりあえず無事に渡航したいです笑

「よくわからないモノ」の希少価値」



数値化って言葉は最近よく聞きますよね。
コンサルタントとかが好んで使う言葉です。
費用対効果、損益分岐点、資産価値算出・・。

「御社の社会的価値を数値化させ、何をすればその数値があがるかをお伝えしましょう」
ってものがコンサルタントの役割の一つだと思うんですよね。
最近は、自己啓発本でも「自分の資産価値を割り出そう」、自己マネジメントみたいな内容について語っているものが多くみられる気がします。
ビジネス的考え方の応用。
数値化、算出されたデータをもとに論理的に分析する。


でも僕は簡単に「数値化」出来ない曖昧なモノっていうのも多いと思うんですよね。
思い出のつまった母からのプレゼント、
友人と旅行行った時の写真、グッズ、
プロ野球選手のサイン入りバット・・・
プライスレス、ですよね。

簡単に言うとプライスレス、
「論理的に語ることが難しいモノ」
こういうのって非常に希少なものが多いんじゃないですかね。

数値化って手続きも目的は「市場での売買(トレード)」だと思うんです。
金銭的に得をするため。
そういう帰結があってこその数値化。

勿論資本主義の中ではその考え方自体は間違っていません。
というよりその考え方をしないと「負け組」になっちゃうんじゃないですかね。
勝つためには、より儲けるためには必要な考え方です。


ただ、「市場での売買」を最終目的としない場合、数値化作業は不要になってきます。
「贈与」を目的とした場合です。

「他人から与えられたこれ(モノ・情報)が一体どれだけ価値があるものなのかわからない。
とりあえず大切にしよう。そして機会があればまた他の人に自分の大切なこれをあげちゃおう」
これがコミュニケーションの本質であると僕は思います。
以前の記事(クリック)でも書いた部分です。

それに付随して「言葉を喋る、気持ち・考えていることを伝え合う」って行為も贈与とみなすことは可能だと思います。
以前の記事参照

言葉を受け考え言葉を与える。
知的訓練ってのもこの繰り返しじゃないですかね。



なんだかダラダラよくわからないような書き方になっちゃいましたが、自分の中でも整理中です。
本質的に「よくわからないもの」を語るとしたら、やはり論理的な記述は難しいのかもしれませんが。

今日はここまでにします!良い週末を★

夢はデカくって言うけれど

言うけれど、こんな夢、叶えるの無理だなぁとか思いませんか?

僕もまだ釈然としないけれど、あやふやな夢はあります。
ブログでも語ってきました。

問題はその過程、ってことに最近本を読んでて改めて思わされました。

その過程とは右脳的思考方法で漠然と「したいこと」「なりたい自分」を想像すること。
そしてそれを達成するために、左脳的思考方法で緻密に筋道をたてること。
ビジョンと道筋。


「ロマン」と「論理」、そう本には書いてありました。

ロマンがあって論理が生まれる。
自分のあこがれる自分になることを前提に行動する。

毎日ただ単になんとなく生きてるだけじゃ何も生まれません。
ロマンもなく論理もない人生になっちゃいます。
生きさせられる人生、そんなのはイヤですね・・・。


この文脈で僕が言っている「ロマン」って部分。
それはどれだけ自分がインスパイアされたかで決まってくる、と僕は思います。

職場と家の往復、帰ったらゴロゴロTV。
何もインスパイアは生まれませんよね。

この生きてる上での刺激ってものは今日偶然別のブログを見てて目にしたんですが、3つの要因しかない、と書かれてありました。

①人との出逢い
②本との出逢い
③旅での出逢い

要は「いかに自分がもっている価値観と異なるものに出会えるか」って部分だと思います。

先週末は人が集うイベントに行ってきました。
友達も何人か出来ました、非常に楽しかったです。

イベントを主催する社長さんがこれまたイケメン。

周囲に人が集まる人ってこんなのかなぁって羨ましくなっちゃいましたw

ネット上で繋がれる人って、やっぱりリアルな場でも人脈形成が非常に巧な人が多いんじゃないでしょうか?

とりあえずしばらく僕はこの「人の繋がり」って部分を意識してステップアップしていこうと思います。
知り合いが誰もいない場所に自分の身を投じて。

若いフレッシュな青年と出会えることを切実に望んでいますw




そしてこの人との出逢い、「一期一会」が自分の考える「緻密な論理」の歯車の一つになることを信じています。

対立する価値観

先ほど帰ってきました、いや忙しい><
忙しい時ほど思考停止になっちゃいますっ
って事で今日もブログ更新。


この本(クリック)を読みました。
もう新鋭、とまでは言えないかもしれませんが、「現代若者論」をずっと語ってきている学者さんです。

本の要旨:オヤジ、そこ違うんじゃない?



僕は誰もがゲームの世界で生きているんだと思います。
オヤジなりの出世ゲーム、
大学生なりのリア充アピールゲーム、
若手社会人なりの合コン・コンパ・社畜(!?)ゲーム、
学生なりの恋愛ゲーム、
フリーターなりの気楽に生きたいよゲーム・・・。

全て皮肉ではありません。

本当に皆何らかのバックボーンをもって必死に生きている。

いや、以前の記事(クリック)を参照してみればわかると思いますが、そう生かされている。


ゲームだと思うんです、所詮ゲーム。
自分たちが選ぶのではなく、そう選択させられる、
周囲の環境、及び自分のそこまでの人生過程において・・・。


何度も言っているかもしれまんせが、僕たちはベクトルが定められている一つの駒だ、
ただその事実を認識しているかしないかで人生の質、及び社会全体の在り方が大いに変わってくる、

って僕は思うんです。


僕も結局人生の方向性は決まっていたのかもしれません。(どんな方向かよくわかりませんがw)

ただ、その定めに抗うってことは決めていますw


まぁそんなことは置いといて、この生かされるゲームの中で個々プレーヤーは何を思い何を感じるのでしょうか。

それもやっぱり外部環境による要因ってのが1番大きいと思うんですよね、
つまりゲームの舞台。



ダラダラ言っているかもしれまんせが、端的に言うと
「オヤジはオヤジなりの論理がある」
ってことなんでしょうね。


僕はまだ年齢的にも「若者」と呼ばれる世代かもしれません。(ちなみに、ちょっと前26歳の誕生日でしたw)
だけど、安易な「オヤジ」批判は嫌いです。

ステークホルダーなんです、少なくとも。
「オヤジ」世代が必至に考えて、必死に生きてきた結果こんな社会になっているんじゃないんですかね?


また、この文脈で僕は安易な「若者」批判も嫌います。
よく聞きますよね、「近頃の若者は・・・。」
このフレーズは嫌いですね、そんな若者を育てるような社会にしたのは誰だっていつも思ってるんですよ。。。

要は「世代を通り越した考え方」ってものがあるんじゃないかと僕は思うんですよね。
若者VSオジサンって構図で対立すrんじゃなくて、
結局「そっちはこんな苦労があるんだよね、わかるけどこっちもこんな苦労もあるんだよ」的な妥協点の探り合いみたいなアプローチしかこのしがらみをなくす方法はないと思うんです。

妥協点の探り合い、それが政治の本質的な役割だとも僕は思っています


今自分が置かれている環境で何を望んで何に対して妥協するか。

そして対立するステークホルダーに対してもどこまで求めてどこまで「分かり合える」か。

更にその「分かり合える度」によって社会全体の質、僕が常日頃から言っている「過ごしやすさ、生きやすさ」が左右されると僕は思うんです。


ってことですが、読んだ本の批判をしたつもりはありません。
「オヤジはこう思っている」っていうようなことを考えるヒントにすれば良いとおもうんです。

僕たちは皆何らかのステークホルダーである、
それを踏まえた上で僕はこのように行動する、
その考え方、認識自体を僕はこのブログのタイトルでもありますが「一般教養」と再定義しています。




そして最後に・・・
「だから僕たちはズレている」
っていうようなことを言えたらいいですね。

所感

ダラダラとブログを更新していてたまに思うんです。

自分でも何がしたいのかなぁってw
確固たる目標とかは無い気もするんですよね。

ただ腐っちゃう自分がイヤというか、
組織に飲み込まれて思考停止しちゃう自分がイヤというか、
社会に抗いたい自分がいる、というか・・・。

いつ死んでもいい。
ただ足跡、軌跡を残したいって部分もあると思います。

この時はこういうことを考えて、このような表現をして自分を出してきたんだなぁって。

以前の記事
でも書きました。

この第3社会でももっと知名度を高めるためには、もっと頑張りが必要なのかな、と思います。
漠然な目標はあるんです。

その目標を達成する前提で行動しなければならない。

さっき情熱大陸見ていました。

88年世代。
実は同い年です。

触発されましたね、特にマエケン(広島カープ投手前田健太)。
「プロ野球選手にはなれると思っていた」

加藤ミリヤ「オーディションの皆の中でも自分が一番努力してきた自信はあった」

なんか同級生だけに親近感もあったけど、自分も頑張んなきゃなぁって思いました。

予言の自己成就って言葉もありますよね、心理学分野ですかね。

「ある程度自分の前提」ってモノを設定しちゃうと、そうなっちゃうんです。
自分は将来こうなる、それは決定事項としてそのために今どうするか。

プロフェッショナルってそういう思考をしているんだなぁって思いました。

独身だし、何一つ失うものもない今のこの僕の身分です。
好きなこともやってられる。

この今の環境に感謝して、もっともっと激しく頑張らないとっ

foolishに、hungry に。

今この自分の置かれている環境の希少性を自覚して、後悔しないように頑張ります。


最近実は人との出逢いって部分も重視していますが、やっぱり結局一人の自己投資の時間だと思います。

たくさん本を読みたくさん考える、それを活字にしてまた考える。

思い立った事は全て行動。
トライ&エラー。

GWでとりあえず10冊位は読破しようと思っています。

オススメの本もあれば紹介してください。

study study study

ネットが変える『第3世界』

IEがやられましたねw
もとからChrome ユーザーだったんでダメージはないですが。
Chromeってクロームって呼ぶんですか、クロムって呼ぶんですか?w


それはそうとして、夏までにネットスキル、特にHPとかには詳しくならなきゃな、って焦ってる所です・・・><
HPとこのブログをリンクさせて、より体系化したプラットフォームに出来れば、と。

過去の記事もある程度整理して、自分の考えをカテゴライズしていく作業を考えてます。
その結果何が言いたいか、をより自分の中でも考えれるように、ですね。


このような方向性で考えているんですが、全部これはネットの世界での話ですよね。
内部完結。
そこに「リアルな僕」は登場しません。

ネットの1番の凄さは、そんな「リアルな個人」を必要としないところにあると僕は思うんです。
いわば、発言の中身。
誰が言っているかじゃなく、何を言っているかが重視される。
言葉対言葉、質の勝負。

勿論ネット空間で活動するうえでも肩書きがあれば非常に便利、かつ有利です。
元経営者、元官僚、元芸能人、はたまたその現在バージョン等・・・。

ただ、今ネット空間、その第3世界で活躍している人に「著名ブロガー」って肩書きも少なくありませんよね。
著名ブロガーって肩書き、どう思追いますか?
元々無名だったけど、結局その言論内容の質及び量が評価されて著名になったんじゃないでしょうか?

僕は、そんな『第3世界』に「第2の自分」が影響を与えるのを夢見てます。
覆面ブロガーも多いですよね、このご時世。

テレビのあっち側に行きたいとかどういう願望はありません。
ただ「第2の自分、僕」が少しでも『第3世界』で活躍できれば、と。

僕の力量にかかわらず、それが個人として可能な社会だと思うんです。
対立する考え。
それを揉み解す、というかお互い「自己紹介する場所」。
それがネット空間の長所であり、かつ可能性だと思うんです。




テレビの向こう側で繰り広げられている討論会は結局見世物用なので期待できません。
結局相手を罵り、論破する。
「論破」出来たとしてもその考え方が政策的にも、経済的にもbetterなのかは別問題ですよね。


君の言っている考えは多いにわかる。
だけどこういう考え方もあるんじゃないのかな。


そんな落としどころを見つける場所、それがネットであっていいと思うんです。

政治も結局アウトプットされる政策も妥協の産物だと思ってますし、その意味ではネット内での民主主義、といっていいかもしれませんね。(多分これがいわゆる一般意思2.0ってやつですね←)

色んな価値観、考え方、主義主張に触れ合って感化される。

その上で自分の意見を述べて誰かが感化される。

逆にこの社会の行き詰った閉塞感を打開するのはネットって言っても過言じゃないと思います。


少なからず僕はそう確信しているから、この『第3世界』で生きようと思っているんです。

こんな変な人がいて僕は今ここにいる、そんな地図的な役割。

異なる思考との触合い、そしてそこからの融合、結合、分離。
言葉を媒体としてそんな機能がネットにあるんじゃないですかねっ?

この第3世界の可能性は無限大だと思います。

(遅くなっちゃいましたが現実世界=第1、テレビの向こうが第2、ネットが第3世界、って意味で使ってます)



日付変わっちゃいましたね><
GWに備えて早く寝るとしますっ!

今日もお疲れ様でした^^v
明日も頑張りましょうっ
プロフィール

WIPA

Author:WIPA
司法試験受験生。
転職活動中。
趣味は読書。

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