社会的動物

人間は社会的動物である、これはアリストテレスが言ったとされる言葉です。

どういう意味でしょうか?
僕は『社会的承認を欲する動物である』という意味で捉えています。

つまり、人との繋がりがなければ生きていきないってことです。

ボッチはイヤです。><
群れたがりです。それが人間です。


ここまでは若干認識のズレもあるかもしれませんが、一般論です。

そしてここから僕が思うことですが。

上記「人と人との繋がり」って部分は、決してリアルなもの≒物理的なものに限りません。


リアルなもの≒物理的なものとは何か?


例えば挨拶とか。

おはようございます、こんにちは。

どの言語にも挨拶の言葉というのは少なからず存在します。


人との繋がりを求めるために、長いスパンで良好な関係を築きあげるためにも、この挨拶というのはコミュニケーションの中でも非常に重要なものです。


チーッスwwwとかでもいいでしょう。


挨拶というのは、人と人との繋がりをよりよくするためにも、コミュニケーションするためにも、非常に重要な手段だと思います。


ここからが本題ですが、昨今「若者のコミュ力」不足が叫ばれてます。

挨拶が出来ない、返事が出来ない、etc・・・。

何故リアルの世界でのこういう能力が欠如しているのか僕は考えているんですが、やはり「バーチャルの世界」でのコミュニケーションである程度人と人との繋がりを確保できるからだ、と僕は思います。

若い人じゃなくても、SNSのどれか一つやってる人はほとんどでしょう。
そこでリアル友人や、ネット上の架空環境でのバーチャル友人と絡むことが出来る。

絡むって言葉もちょうどSNS台頭時期に流行りだした言葉ですね。(4,5年前。)

つまり「バーチャルの世界で絡むことに対する訓練は受けているが、リアルの世界で人をもてなす経験が少ない人が多くなった」ってことです。


新社会人等の飲み会嫌いも叩かれてますが、その理屈を応用させると、
「ただ飲み会が嫌い」というよりも「飲み会で上司をもてなすことが出来ない」人が多いと僕は思うんです。

そして僕はこれからの時代をこう考えます。


「SNSも進化し、ネットというインフラもさらに整備されていけば、人と人との繋がりがさらにネットというバーチャル環境の中で深いものになってくる。『飲みニケーション』的なスキルから『親指スキル』が求められる」
『親指スキル』・・・つまりケータイイジるスキルってことですw
(ガラケの時はこんなこと言われてたけど、スマホになってからは文字入力は親指使いませんねw)


以上僕の仮説です。
これで社会が良くなるとか、悪くなるとか言いたいんではないです。
ただ時代の要請かな、と。



facebookで他人の投稿にイイネ!を押すという「指一つでの人との繋がりの確認行為」をしてから寝るとしますw


おやすみなさい^^
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統計ーフィールドワークー社会学

久しぶりに学問チックなタイトルにしてみました。

まるまる学問の名前入ってますが^^w

昔の記事でも、僕は「ビッグデータ」ってものに凄い可能性を感じてます。

未来が予測しやすい。科学的なアプローチ。
それがビッグデータです。

ただ、集めた顧客のビッグデータを集めて、統計学的な分析を試みようって時に、一つの弊害が生まれると思います。

それが「主観」の介入です。


抽象的すぎますね・・・。


分かりやすくしてみます。


分析する人(本人)にとって都合がいいように、ある程度データをいじることが出来る」って思うわけです。


統計学・分析的アプローチを考えるに至ってこれは避けられない問題です。

例えば「最近の若者は凶悪だ。若者の犯罪も増えている。」って意見。

これもウソですね。

10年弱の範囲で見れ微増。

しかし戦後の50年スパンで見れば激減です。


他にも、こんなことは多々あります。

要は、「得られたデータ・数値のどの部分に着目し、どこに因果関係を見出すか」ってことですね。


社会学者とかも、研究のためには地道なフィールドワークが多いんです。
経済学者とかも意外とそう。

色んな所、場所でいろんな角度から分析して、数値化して理論を作る。

変数同士に着目する。



こんなことしてると、けっこう自分の主観もまざっちゃうし、難しいんです泣



ここまでずっと言ってきたことは、簡潔に言うならば「統計の限界」ってことでしょうか。

ビッグデータの限界っても言えると思います。

「全体としてこの商品Aを買った顧客はこっちの商品Bも買う傾向がある。」って法則を見つけたと思っても、
他の変数(商品C)の影響も考えなければいけないし、こういった意味で完璧な因果関係を見つけるのは非常に難しいのではないでしょうか。


整合性のある理論・法則を見つけるためには、研究者本人の深い洞察力が必要である。
って言うとそれもそうなんでしょうが、マンパワーのみに着目するのではなく他にも方法もあると思うんですけどね・・・。



今日はここまで^^v

おやすみーーーーーーーーーーーーーー

ソーシャル~繋がり~


以前のブログから今日はスタートします。

昔は大きな物語ってのがあったんですね。

こうやって社会人になって、こうやって大人になって、子ども産んで、35年ローンで家立てて、・・・。


それが今は崩れた、という内容の記事が↑の過去のエントリーです。

今日は、「ではどういう方向へいくのか」っていう考察をしたいと思います。

僕が思う重要なキーワードとしては「ソーシャル」
意味がわかりずらいっすね^^;


大きな物語=人々の行動様式の背景=社会を構成するマクロ的構造が崩壊すると、人はバラバラになると思います。
簡単に言うと組織の崩壊です。
終身雇用とかがなくなり、非正規社員が多くなった。
フリーターの数もどんどん増えてきている。
組織の一員として行動する機会は減少している。
人々は孤立する。

以上が大まかな流れですが、やっぱり人間って社会的な繋がり・欲求を求める動物です。
群がりたがります。

何とかして繋がりたい。

その結果がSNSなど、いわゆるソーシャルって部類にカテゴライズされるものの進歩・繁栄だと思います。


ネトゲとか2chもネットという架空空間で人を繋げるという意味ではソーシャルなのかもしれません。


ソーシャルを作る立場のひと達は、いかにその場を作るか、どうやって人と人を繋げるかをずっと考えてます。

facebookもtwitterもmixiもそうでしょう。

読書メーターもそうです。

ネットという架空のインフラの上での出逢い・・・。


それが盛んになると、一つのことが言えます。
それは表現力が重視されるってことです。
上司にゴマすりが上手い人が、ボディラングエージ的なのが上手い人が出世した時代もありました。

しかしこれからは文章の巧さです。

ネットの中でもやはり文章を使ってコミュニケーションするというのが1番多いパターンです。
(音声や、絵とかがコミュニケーションツールになってるSNSもありますが)

いかにうまく自分の気持ちを文章で表されるか。
少なくともソーシャルが進化すると仮定すると、根本的な言葉の技術が問われてくることは、間違いないです。

だからこそ、僕もそれを自覚して簡潔で論理的な文章を書けるように意識してアウトプットしようと思いました。


これからもよろしくお願いします^^v
プロフィール

WIPA

Author:WIPA
司法試験受験生。
転職活動中。
趣味は読書。

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