明けましておめでとうございます[今年の抱負]

明けましておめでとうございます。

早速ですが今年の抱負。
・本をあげる
・司法試験予備試験の短答式に合格する
・イクメンになる

に設定しました。
あとから思ったんですが、仕事上の目標が全く湧いてこなかったのがつらいですねw
仕事上での目標はありませんが、淡々と、それなりに、ボチボチ、頑張っていきます。()

最初にあげた目標について個別にみていくと
・本をあげる→
ほぼ3年前や
2年前の記事でも
書いてたんですが、やっぱり僕の中で「おせっかい」が社会を変えるって考えてるのはずっとあって、それをほんの少し形にしてみます。

なぜ対象が本なのかというと、本ほど、与え合うものとしてフィットしているものは無いと思うからです。
「金銭的価値じゃ計り知れない」もの、「なぜだかよくわからない」けどくれたもの、そのあげる対象ってのは本だと、僕は思います。
まぁ定期的に実家に郵送はしていますが、今の家の本棚のキャパ的な限界も近づいてきたところなので、有無をいわさずたくさんあげちゃいます。
もちろん、あげる相手は選びますが。


・司法試験予備試験の短答式に合格する
→これはそのまま。
過去問一周解き終わったのが、憲法民法刑法だけです・・・。ちょっと急がないとヤバいと焦ってきました(今ころ・・・)。
願書受付も今月内なので、明日か明後日に法務省まで散歩がてら取りに行きましょう。職場もすぐ近くなんです。


・イクメンになる
→勉強だとか仕事だとか言い訳せず、やっぱり子供が生まれたら父親になるわけです。
「無駄な飲み」は断って直帰。二次会はいかない。メリハリつけて子供の相手をするときはする。
・・・って言ってもまだ産まれてきていませんが、もう少しして産まれてくる子供に対しては、最大限の愛情で接します。

自分の時間の使い方など考えなきゃなんないところは多いですが、僕はちゃんとした父親って像にあこがれているので、
家族サービスの時間は確保します。
まぁ本当のところ、生まれてこないと可愛さとかは分かんないわけで、ただ単に仕事とかを理由に家庭を放棄する親ってのが
本当に嫌いなだけです。その逆をしたいだけです。



っていう風に、3つまとめてみました。

でも、なんか改めて思い返すと、やっぱり僕の思考の成分は「本」で出来ているんだな、と。

本にハマり、本から学び、本で繋がり、本を分かち、本から考え、”本”とは何かについて考える。
その恩返しをする年にする、っていうと聞こえがいいですねw

感謝してるのは本当です。
そしてその環境を与えてくれたのは大学の図書館です。
ちゃんと感謝して生きなきゃなって思えるのも本のおかげでしょう。

仕事だけじゃない。勉強だけでもない。
色んな事を感じながら学び、考えて考えて考えて、素晴らしい1年にしようと思います。
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環境の変化

昨日、婚姻届を市役所へ提出してまいりましたw

夫 になっちゃいました・・・。

最近は入籍準備(!?)とかで全然ブログがかけていませんでした。

1週間1更新。
がんばっていきたいと思います。

フワフワしてるばっかりじゃなく、立派な夫になれるように。
一人前な大人になれるように。


なんか仕事もそれなりに忙しいんですけど、
それを言い訳にして読書量も減ってたし、司法書士勉強も進んでいませんでした。

これじゃダメです。
もっと空き時間を有効に。
ムダな(!?)飲み会行く回数を減らして自己投資の時間に。

意識して変えていかないと、このままズルズルいっちゃいそうです。
頑張ります、これからも。

今年の豊富


あけましておあめでとうございます。遅くなりましたが・・・。

正月は地元でゆっくりしていましたが、急きょ身内の葬式をすることになりました・・・。

予想以上にたくさんの人が来て驚きました。

人が評価されるのは葬式っていいますが、その言葉の意味が少しわかったような気がします。

「他者へ贈与」いい言葉ですね。

師と崇める内田樹先生が再三使フレーズです。
近代合理主義の到来により人々は利己的に行動するようになったが(させられるようになったが)、社会を持続可能なものにするためには見返りを期待しない他者への贈与、これがキーワードになるであろう、って流れです。


生きている間どれだけの事を他人に尽くしてあげることが出来たであろうか、その結果が葬式に表れる、といっても過言ではないと思います。

たくさんの人に弔われている親族を目にして、改めてこの言葉の意味を考え、自分の目標・新年の決意にすることに決めました。

どれだけ他人のために自分の時間を使ってあげることが出来るか。
その意味で影響力を高めていきたいな、と。


僕の地元は田舎です。
僕も都会慣れしていてしまい、田舎に住む人々の行動に違和感を感じることも多々あります。
例えばお返し。
何かもらったら倍にして返すのだけでなく、関係ない第三者にまであげる。
返報性の法則、といったものもありますがそれを凌駕する「贈与」です。

モノだけじゃありません。
例えば先祖が受け継がれた伝統。
これも後世に伝える事も贈与、とみなすことが出来るのではないでしょうか。

ある親戚がふと口にしました。
「伝統は絶やすことは簡単だけれどもね~、、、」と。
合理的に考えれば余計な慣習など消滅してしまえばいい、そうなるかもしれません。

しかし先祖が伝わってきた日本独自の、地域独自の慣習・風習。
それを伝える親族の背中。目に焼き付けることが出来ました。

何度もいいますが「他者への贈与」、これがなければ社会は非常に住みにくくなると思います。
まずは自分から。

たくさん勉強しながら本を読み、それを周りの人へ伝達する。派生っていうんですかね。
カッコ良く言うと「知」の贈与。そんな表現になるかもしれませんがそんな事が出来る人間になりたいわけです。


明日から仕事。
職場でも、プライベートでも、たくさんの他人にたくさんの思い・気持ちを差し上げることが出来ればいいな、と思います。

今年も頑張ります!!

ブログの方向性

自己紹介をここでします。初めまして、TJです。

ブログを始めた理由の1つ目は、アウトプットの場に活用させようと思ったからです。
知識も詰め込むだけじゃぁ役に立ちません。
定期的な発信の場が必要です。
後から見返して、いかにこの頃の自分が未熟だったか確認するための無知の露呈の必要性も感じました。

2つ目の理由としては、出来る限り「学ぶ」ことに対する自分の考えを多数の人に伝えたかったからです。
というのも、僕が20歳くらいの時、勉強する、学ぶ為に何をすればいいかわかりませんでした。
【読書 大学生】とか、【大学生 勉強】とか検索したりしたけど、ピッタリするサイトはありませんでした。
だから、このサイトでは「学問などを学ぶ必要性」「何をどう学ぶか」など、自分の思っていることを伝えていこうと思っています。


3点目の理由としては、是非僕より若い人達に「一般教養」という定義を確認してほしいと思ったからです。
僕はちょっと「学んで」みようかなと思ったときにネットでWikipediaを見たり、図書館で本を借りてきたり、新聞を買ったりして、思ったことがあります。
何書いてるか、内容はわかるけどだからどうしたの?この情報って重要?
ってことです。
例えば日経を読み始めた当時、サッパリ意味が分かりませんでした。

「なんでこの記事がトップなの?景気が悪い、ふーん、だから何?インドがアツいんだ、へぇ~。で?」

学問も勉強し始めたとき、「だから何?」って違和感しかありませんでした。
意味あるの?単位取れればいいんだろ?みたいな。

大学生は特にこのような僕の経験はありませんか?


学問も難しい専門用語とか並べて「内輪ネタ」みたいいなってじゃないですか。
それが許せなかったんです。僕はムカツきました非常に笑

何故わからないのか?→これも一般教養が自分に足りてないからなのかな・・・→じゃぁ一般教養って何?

これはレベル1の論理的思考ですが、この流れは非常に重要です。
何故ならば僕はこの「一般教養」という定義は物の考え方から知識のつけ方、そして最終的に社会の仕組みまで内包するもの、と思っているからです。
新聞を読む力も、学問を理解する力も、立派な大人になるための最低限の能力。
それが一般教養です。

一般教養という定義、安易に捉えていませんか?大学講義でも一般教養(略してパンキョー)というのはありますが、僕のイメージとは少し違います。
もっと奥深くて、幅広くて、魅力的なものです。
僕はこれを確信して以来、人生の目標=一般教養の習得 と設定しています。
某著名学者も、一般教養=社会の仕組み=究極の習得目標 と設定していました。
この大切さを感じてほしいのです。

赤文字ばかりで見づらいですが、それ程この部分は僕が重要だと思ったので色変えました。

このように、①自分のためのアウトプット②学ぶインセンティブをつける③一般教養の習得
が、主にこのブログの目的です。

一緒に考える機会を作りましょう。
プロフィール

WIPA

Author:WIPA
司法試験受験生。
転職活動中。
趣味は読書。

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