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新年の目標

遅れましたが、今年の目標

「司法試験予備試験合格」
それしかないです。
もう、仕事はいいですw

常に試験のことを考えて、どうやったら受かるかいかに受かるか。

時間×効率 の方程式を頭において、一番いいやり方で勉強をし、最良の結果を残す。

それだけが、今年の目標です。
すべてを、そこに捧げます。

もう次で受験も3回目。
必ず受かります。


そこで、ひとつだけ、具体的な行動プランをたてました。

たくさん立てても結局とん挫するのは分かっているのでひとつだけ。

消灯時間は23:30


僕は学生と違い時間が縛られていて、かつ家庭もあるので特に夕方から夜は家族サービスタイムです。

仕事が終わったあとに、十分な時間を確保して勉強できる余裕はありません。
それに、やはり何年も勉強してるとわかりましたが、仕事終わった後の脳みそは、なかなか働きません。

なんだかんだ緊張感持って仕事してたら、頭は疲れてるんですね。
はっきり言うと非効率。

よって、なんとかして朝の時間、子供たちも寝ている時間に勉強時間を確保する。
それを前提とします。
朝、6時から8時までの2時間の勉強。

これをクリアしていくためには、強い意志!とかじゃなく、やはり早く寝なくては。
子供たちを寝かせたら自分もすぐに寝る。

一人でいても、23時半には消灯する。
つまり布団に入るのが23時半まで。


そうすると、7時間睡眠でも6時半に起きれて、1.5時間 確保できそうです。

※さすがに23時消灯は早すぎてとん挫しそうなのでやめておきます。

歳をとるにつれて、なんだか自分の目標設定もしやすくなったように思います。
自分のことを徐々に知ってきて、
これくらいならできる。
これは絶対無理。

なんてラインを、知りながら無謀な目標設定をしていることが多々ある。

しかし、毎日継続するコツはまずは「目標を低くする」ことにあると思います。

ジョギングは一週間で75分目標でいい、なんてのを聞いた時どれだけ救われたか。
今も、ジョギングは続けています。(毎日ではありませんが)



以上、今日、サウナで考えたことでしたw

再度、宣言!

消灯時間は23:30


(これより遅い時間にブログ更新もないはずあるわけがありません)
今年は唯一、これだけを意識します。


そして、司法試験予備試験、今日願書届きましたが、必ず合格するぞ!!!!!!!!!!!!

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ヤフーニュース が 社会を変える


昔書いた記事ではこんなことを言いました。

”気になるニュースを目にする→自分の意見を仮定する→他人の意見を見る→自分の意見が確立される
自分の意見が固まるまで、わずか30秒。”
”この新陳代謝の仮定でも、もっとも必要なのは個々の「空気を読む力」。
それに支えられて、現実的な言い方をすると世論が『作られ、強化され、弱体化され、消される』のだと思います。”
”例えば今日書いたこの記事を、「どの立場で」「どの角度から」「何を期待して」見るかによって、
この記事の位置づけは大きく変わります。
ネット上の言論空間の中でどの場所に固定されるかは、見る人によって変わる。”


ネットの在り方が個人の意見を左右する存在になっている。
そしてその総和である世論はネットに依存しつつある。

そんなことを書きました。


さて、ヤフーニュース(スマホ用アプリ)の仕様が、大きく変わりました。

各記事にはコメント数が項目の段階で可視化され、コメント数が多い記事に対してはコメント数を赤文字表記。
もはや「単なるニュース」ではなく、そこは議論の場となっており、SNSの一つとして数えても過言ではないと思います。

スマホを開きヤフーニュースを見て、まず項目から何が注目されているのか。
それに対しみんなどんなコメントをしているのか。

それは政治的な問題であったり経済の話だったり芸能人の私生活の話だったり、
「みんなの意見」を確認して把握。
これが世論なんだな、と。
自分の位置を調整。

そう、この過程。

これは僕がイメージしていたネットと世論のかかわり方そのものです。

多数は決して発信するわけでもなく、自分の意見に同調するものがあればイイねクリック。
『眺めて、楽しむ』。
特に昨今の韓国とのレーダー照射問題は、毎回凄い量の意見がありますね。
非常に、注目されています。

「また韓国の記事出てる。進展あったのかな?なになに?動画サイトへ投稿し、韓国側反論?
みんなどんなコメントしてるのかな。。
(確認)
やっぱり、そうか。
これは日本が正しい!
韓国は謝罪するべきだ!」
というような思考ルートで、気が付けばイイねをクリック。

どうですか?この流れ。

人によっては、項目の見出しだけみて、コメント欄を参照するパターンもあるのではないでしょうか。
僕もたまにそうします。
じっくり思考せず、「自分の感覚」を言葉にしてくれてる、考えなくて済む楽さが、そこにはあります。


同調圧力、というか、賛同する意見に囲まれた心地よさ。

今まで、僕は見たことがありません。
コメント欄は上位3人のコメントが出てきますが、異なる意見だったパターンだったことが。
どれも「隠れた世論」を代表し、「みんなのために」意見を言っている。

皆も同じ意見か、
やっぱりそうなんだ、居心地イイな。


今、ヤフーニュースってのはこのように、単なるニュース提供媒体にとどまらず、一つの大きなSNSになりつつあります。


そして、先にも述べたように、このコメントってのは上位3人のものが抽出されます。
端的にいうと、少数派の意見は、どこにも出てきません。
だいぶスクロールしてやっと出てくるのかもしれない。
多数決の仕組みをとっている以上、当たり前のことです。


無色透明な個人は大多数に組み込まれる。
大多数はより強力になり強い世論を作り出す。

自分は皆と同じ考えだ。
この承認欲求はこの過程で満たされていく。


こうやって世論が可視化され、顕著に数値として示される仕組みがあり、
そしてその仕組みってのが大多数の国民に利用されている以上、
そもそも民主主義とは何か。
民主主義を支える議論というものはどんなものなのか。


直観で判断し、同調する意見に対しイイねを繰り返す。


簡単に言うと、この直観で判断というのは「善悪」です。
「善い」ことか「悪い」ことか感覚で判断し、後からそれをコトバにするためにコメント欄を見る。

楽ですね。
何も考えなくて良いってのは。


世の中、善悪二元論では語れない。
そんなことを6年前の、3回目更新の記事でも言ってたのを見つけました。

”このような複雑なインセンティブが絡み合って社会は構成されている。
よって,社会問題も複雑なものも多くなる。
善悪二言論で語れるものはそう多くはないはずだ。”


なんて言っていますね。


6年間、それを理解しようとし、わかりあえるような社会にするためにはどうすればいいか考えてきた。

そして、まだその答えは出ていない。

これからも、考え続けます。

合理的な 生命体 (他者への攻撃)

以前、こんな記事を書きました。

『人を死においやるような感情を人が授かっている・持ち合わせている理由』を知りたい、と。

やっぱりそれから考えてみたけど結論が出ず、試しに本を読んでみました。
2冊、気が付けばアマゾンで買ってました。
人間とはどういう生物か
ヒトの本性
ってこの2冊。

そして、2冊目を読み終わったときに、一部、自分なりの答えが出ました。

人が複雑な感情、負の感情を持ち合わせているのは、”公共性”のため。 ”集団全体の利益”を高めるため。
つまり、自分が所属するコミュニティを守るために、ある意味で排除しようとするその防衛本能から、「怒り」「恨み」「妬み」などの感情が生まれる。
つまり、負の感情により他人を殺すのは、コミュニティ維持のため。
そう、結論付けたいと思います。現時点での、仮説です。

考えていく中で、パターン分けが必要な気がしました。
①憎しみ・怒りから他人を殺害する
②金銭欲・性欲から他人を殺害する
③自殺

まず議題にしたいのは、このうちパターン①についてです。
特定の個人を恨む→異質を排除しようとする→排除自体が”集団全体の利益”を高めると認識する(無意識)→排除(殺害)
つまり、あくまでみんなのため。
生命体全体のためになるために、個体を一人、排除する。

この思考経路は、非常に合理的です。生命体として、合理的です。

イジメなどという問題も、根本的な部分は同じかもしれません。
決して自分が満足しようとしているわけではない。
皆のために、コミュニティのために、広く言えばわれら人類のために、悪意なく、他人を攻撃するケースも、この理屈で説明がつくと思います。

ここまで書いて、昔書いた記事を紹介したいと思います。

”そう、クレームの本質。それは「責任感」。”
”例えばレストランとかでも金払ってサービス受けているのにそれが全然ダメだったり、
全く客のこと考えていないような接客されたりすると、はっきり言って腹立ちます。そして僕はまだまだ未熟なので態度に出てりします。でもそれって自分のことだけ考えているんだけじゃなくて、「金払ってサービス受けているんだからそれはないよね」っていうある意味、社会的評価のもと判断してるような気がするんです。”
”そうすると結局クレームってのも、他者からの承認欲求を満たすという原理的な人間の性質のもと、生じていると思えてきます。”

他人のために代弁している、それがクレームの本質でもあると、そんな記事です。

なんか、言っていることが似てますよね。ここまで考えてたのに、本を読むまで、気が付かなかったのかなぁ。
他人のために他人を攻撃するって部分は、言っていることが同じです。
それが真に公益になると自分が信じて他者を攻撃する、極端になると殺害する。

以上、パターン①憎しみ・怒りから他人を殺害する についてでした。


次にパターン②金銭欲・性欲から他人を殺害する
これは、上の理屈はあてはまりません。
純粋に、この②については個体として生存本能そのまま出力された結果とみなすことができると思います。

つまり、集団とか関係なく、「自分が生きるため」に人を殺した。
自分の欲求を満たし、生存につなげるため。
ある意味でこれも生物学的に、個体として合理的でしょう。



ただ、③自殺について。
現時点では、この問いに答えることはできません。
「何で自殺するのか。自殺の生物学的な位置づけを説明せよ」
コミュニティの維持のために、自殺を選ぶ。それは、説明できません。

これは全く別の説明が必要になってくるようです。
自殺は①のように集団の利益にならないし、②のように個体自体の利益にもならない。

『ヒトは社会的動物であり、社会性を失ったとき(他者から承認を否定されたとき)、自分自身の存在価値を見出せなくなり、自分で死を選ぶ』みたいな言い方になるのかもしれません。
もっともな言い方ですが、これはひとつの生命体としてとる行為としてどうなのでしょうか。
少なくとも全く合理的ではありません。
どう考えても、自分で死を選ぶような仕組み自体に対して、納得がいきません。


これも、また少しして考えてみたいと思っています。
今日はここまで。

32歳で転職

単純な計算をしてみました。
うまくいって、来年予備試験に受かり、再来年の司法試験に一発合格できるとすれば、32歳。
32歳で、転職ってことです。
32歳・・・。
どうですかね、ちょっと、年とっちゃいましたね。。。

やはり20代でギリギリ決断できたってのは大きくて、30代後半で転職って、少し遅い感じがしますよね。(受かる前提ですが・・・)
何よりも、社会人で一番スキルが身について色々覚えながら自分のやり方を確立できる期間ってのが20代後半から30代半ばまでじゃないですか。

はっきり言って今の貴重な30歳という年齢のすべてを試験勉強にあてている感じになっちゃってるので、その意味で不安です。
受かった後に、司法修習を受ける際に、「おっちゃんがおる」って思われるのが、メチャクチャつらい。

想像してみたら、本当につらい。
歳は離れてるのは仕方ないけど、せめて”同期感”出したい・・・。
皆と対等にお喋りがギリギリできる年齢でありたい。
友達になりたい・・・。

って想像してたら、今日一日、凄い勉強できました。

やっぱり、無意識に”いつか受かれば”ってのがあったのかもしれないし(おそらくあったし)、
それをいかに振り切るかってのはとっても重要で、モチベーションアップの持続以上に、後がない感・切迫感を自分にいかに意識させるかで合格までの道のがだいぶ変わりますよね。

やっと、気付きました。

後は、家族のこと考えてもそう。

ワガママ言って勉強時間確保してるみたいなもんだし、ずっとこれが続くってのは家族サービス上良くないし、
何よりも、なんか、今の自分ってのはちょっと自分らしくない感じがしていやです。
なんて言ったらいいのか難しいですけど、極端にいうと「ふさぎこんでる」感じがしてます。
まぁ確かに今は受験生であり、勉強ばかりするべき身分です。

最短合格をするのは、余計なことに首突っ込まずに、勉強ばかりすればいいのです。

っていう考え方が今の自分を支配してて、コミュニケーションの形が変わったように思います。
特に知らない人に対して。

昔は周囲の人・不特定多数に対して意識のベクトルが強く太く向いてましたが、今はどちらかというと内側に向いてます。

話しかけにくい人。
そんな感じかもしれません。
つまり、健康衛生上もずっと勉強するのはよくありません。

こんな自分、いやです。

早く昔みたいに、前を向いて歩くような(!?)、目を輝かせて(!?)生活できるようになりたいです。

でもこれは確かに僕がこのブログでずっと言ってきていることでもある「環境が、人を決める」って考えにも合致していて、
勉強時間が長すぎてふさぎ込んで、個性変わっちゃったらつらいですね。


今年もあと1週間。
平成31年司法試験予備試験まで、あと、ほぼ半年程。
”いつか”じゃなく、本気で受かります。今年、予備試験合格。

”司法修習生で、友達を増やしたい”w
そして、
”自分の人生でのピークを弁護士としてのピークにもっていきたい”

今年ももう終わる直前に、本当に吹っ切れた感じがして良かったです。(コンスタントに吹っ切れていますがw)


メリークリスマス、なんて関係ない。
勉強して勉強して勉強して、次の司法試験予備試験に、受かります。

考える場所

物事を考える場所、強制的に考えさせられる場所ってすごい大事だと思います。

って、サウナに入りながら考えたのが今日のハイライトですw

現代っ子って、常に手元にはスマホ。
ボーっとする時間って、ほぼないですよね。
家帰ったらテレビがあり、暇ならスマホ眺めて。

昔みたいに、田んぼのあぜ道に腰を下ろして、青空眺めながらボーっと物思いにふける瞬間。
こんなのが、今は皆無なような気がします。

京都大学付近には、”哲学の道”と呼ばれる場所があります。
そして、著名な哲学者は、決まってお気に入りの散歩コースがあったような。
そんなエピソードを聞いたことがあります。


そう、散歩。
歩くことって、無意識に思考させられているんですね。

それは、「いつもの道」ならそのほうが効果的。
なぜなら、目的地も決まっていて曲がろうか進もうか迷うこともなく、一心不乱に”思考すること”が許容されるからです。

サウナも、そうですよね。
気が付けば。
ボーっとして、「あー、暑いなぁ」くらいの気持ちで、いろいろ考える。


実際に、このブログ書いた記事でもサウナ発の内容が多々ありますw

サウナで思いついて、水風呂で発展させて考えて、湯船につかりながらまとめて1セット。

多いときは、1回の銭湯利用で3テーマ位まとまります。
(後から考えて没にもなりますが)


こうやって、意識的に「考える場所」ってのを作らないと、積極的に考える時間・場所・空間はないように思えます。

風呂にまでスマホ持ち込みと、最悪です。

昔の言い伝えで「三上」って言葉があります。
馬に乗っているとき、寝床に入っているとき、便所に入っているとき。章を考えるのに最も都合がよいという三つの場面。
(参照)


今では寝る前も、トイレでも、移動中でもスマホをいじるのが普通になってきてはいませんか。

「この後どうしようか」
「今日の晩飯、何にしようか」
など身近なネタから、
「クリスマスプレゼント何か買おうか」
「結婚10周年、何かしようか」
「良いタイミングで保険も見直すかぁ」
みたいな少しゆとりある発想。

そしてその余裕が出てきたら、思考の領域は必ず増えてきます。

前読んだ本で気になったあのフレーズについて。
最近話題になっている社会問題、政治ネタについて。

さらにはずっと自分で疑問をもってた一つの問いに、答え(仮設)が閃いたりもします。


やはり、そうやって考えることを強制させられる時間、場所、スペースを確保すること。

”情報過多”そして”選択肢過多”のこの世の中で、受け身にならずちゃんと自分の頭で考えて行動していくために、必要だと思いました。

そのためにも、決まったルートを”歩く”
一番身近で一番効果的なこの行為を、大切にしていかないと、なんて思ったりした年の瀬でした。

プロフィール

WIPA

Author:WIPA
司法試験受験生。
転職活動中。
趣味は読書。

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