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予備論文から一か月

令和元年度予備論文式試験から1か月が早くも経過しました。
出来たことは次の通り。
・論文の再現答案作成、伊藤塾の講評講義視聴
・民法改正対策講座視聴
・民事実務基本書読了
・問題研究刑事訴訟法(計48問)終了

おおよそ予定通りこなせました。
10月10日に伊藤塾の奨学生試験みたいなのがあるので、受験科目である民訴、刑法を今から解いていきます。
問題研究を、それぞれ1周回す予定です。
また、できれば司法試験の講評講義も視聴したいので、今年度の問題を自分で解いてみようと思います。
最終的には予備の次に司法試験も待っているので、特に分量の違いを意識して、自分で解いてみてゴール地点を再確認しようと思います。


刑訴はやればやるほど力がつくようなので、全科目のうち、刑訴から解き始めました。
捜査・捜索・逮捕あたりの論点は大体間違えずに拾えるようになったと思います。
一方、伝聞証拠から始まり証拠については要復習です。
理解度が十分ではありません。

Aランク以上の論パも大体覚えることができていて、マイナー論点もひねり出し方は大体イメージできます。

ただ、今年度の予備本番で出てきたような実質逮捕の論点が論マスを眺めていても、ピンポイントで出てくる部分は無いようなので、個別に復習をしたいと思います。


次は、苦手な民訴です。
書き方がよくわかっていなくて、複雑訴訟も知識が十分でなく、民訴は嫌いです。
ただ、今回の予備論文では1問、2問目とも使う条文がズバリ当たっていたようで、現場思考に間違いがなかったということで少し自信になりました。

問題研究を全部解いて、しっかり条文をひいて、基本の知識をしっかり身に着けるとともに、民訴の考え方というものを理解しないとだめです。


簡潔に中期計画を示します。
・10月10日までに、民訴・刑法の問題研究を1周ずつ解く
・併せて論パも覚える
・司法試験の問題を解き講評をみる

以上です。暑い日が続きますが、頑張りたいと思います。



必ず、来年には合格します。
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エネルギーの使い方

エネルギーの使い方。

人は誰しもエネルギーに満ち溢れていて、それをどうやって使おうか、絶えずその向かう先を見つけているような気がします。

例えば大学デビューして見た目も変わり、性格もガラっと変わった昔の友人。
勉強ばかりしていたのに商社マンになってからずっと遊んでいる彼。
いきなりヨガにはまり会社を辞めてヨガインストラクターになった彼女。
そして特定の宗教にのめりこみ、日々布教に努める人。

振り返って、僕自身が一番エネルギー持ってた頃は大阪でいた頃で多分24歳くらいのときです。
仕事も全力でこなしプライベートも読書会での出会いや同年代の友人との出会いなどすべてにおいて楽しかったころで、
何をするにしても楽しかったように覚えています。

まだその頃は「何ができないか」を知ることもなく、まるで自分には無限の可能性が秘めていてなんでもできるように感じたこともおあったように思います。
そう、このような「自分ならなんでもできる」と思える時期ってのは、誰しも経験するように思います。

もうそれが中高生の頃で終わった人もいるかもしれない、大学で散々遊んで十分満喫してエネルギーを使い果たした人もいるかもしれない、そして社会人になってから、30代から波に乗って40代でエネルギー全開になる人もいるかもしれない。


個人によってもちろんその波は異なりますが、例えばの話ですが今テレビとか出ている著名人って「昔いじめられていた」って告白するような人が多いような気がしませんか。偶然でしょうか。いじめられていたから有名になれるのでしょうか。
僕はそう思いません。
純粋にその人が魅力的だからです。
そこに、人としての需要があるからです。


僕が言いたい一つの法則は、「楽しいといえる青春を送れなかった」という自覚がある人ほど、後から凄いエネルギーを使って加速しフルパワーで力を発揮していくということです。

極端に言うと、必死に失われた時間を取り戻そうとしている。
過去に強い後悔があるほど、人生の帳尻合わせをするためにあがき、もがき、行動する。


色々な人を僕は見てきましたが、間違いなくこの傾向はあるように思います。

中高生の頃勉強もできてスポーツもできてモテていた彼はあまり目立たなくなったね、っていう意見があるとすれば、
それ以上に目立ってなかった人がより目立つようになった=強いエネルギーを発しながら突き進んでいる。
そういうことじゃないでしょうか。


さらに極端に言うと、
結局のところ、嫉妬・妬みのパワーは計り知れない。爆発的な破壊力を持つ。
ってことです。

ルサンチマンこそが、生きる源といっても過言ではないでしょう。


嫉妬・妬みから努力し富と権力を手にし、結果として弱者を見下す。
そんな人には、なりたくないですね。

周りの環境に感謝して、社会に還元できるようになりたいです。
社会的地位や身分は伴わなくとも、小さな力でも社会に影響を与えることはできます。

それが、僕が考えるノブレスオブリージュです。

排除 と 承認

最近気づいたのですが、朝日新聞の「天声人語」。
最初の一行を読んだだけで、そのコラム全体を通しての言いたいことを想起できる人が、本当に頭がいい人だと気付きました。
以上、最近気づいたことでした、唐突にすみませんでした。


ちょうど5年ほど前ですが、こんな記事をかいています。(クリック)

あまり記憶がないですが、いつも泥酔しながら稚拙な文章を書いているところ、結構真面目に考えて書いているようですw

この過去の記事の紹介で、これだけで何が言いたいか分かった人は頭が良い人だと思いますが、
今日のテーマは京アニ放火の事件などについてです。
平成以降最悪の放火殺人事件と言われています。

これに関連し、川崎で起きた、通り魔殺傷事件が起きたのはわずか2か月前です。

一人の犯人が、罪のない犠牲者を複数殺害した、という事件で共通しています。

両者も被害が大きいだけでなく、たった一人の犯行であり、さらに特定の者に対し行われた犯行ではなく、
ある意味で無差別テロです。

ヤフーのコメント欄にも、多数の書き込みがあります。
一番多いのは、「犯人が許せない」というもの。
「ぜひ犯人には厳罰を!」

確かに感情としてはその通りです。
ただ、僕は不思議です。
「なんでこんなに他人事なんだろう」



まるで犯人が”突然変異”して生まれたかのような言いっぷりで、皆でたった一人の犯人に感情をぶつけあって、
それが「正義である」という空気が蔓延している。

皆で、必死に自分たちとは異次元にいる異物を排除しようとしている。


他人事で終わらすことができるのでしょうか。

極端に言うと、加害者である犯人を排除したのは社会であり、それが意味することは、間接的であろうと社会を構成する私たちが
排除したにほかならない。
そう考えます。


最初に紹介した昔の記事を引用します。

”元々「社会から外れた人」たちがいて、それを僕たちが認識するのではなく、
僕たちが認識するゆえに「社会から外れた人」たちが生まれていく。”
”人から認識されることでその枠組みが出来上がり、及びそこに属していると捉えられている人間が自らをそうカテゴライズする上でそのような階層が出来てしまった”


「社会からその関係を断ち切られた」
人がそう考えるとき、自分は排除されたのだとその段階で自覚します。
結果として誰かの救いがなければ、その自覚は嫉妬、妬み、恨み、怒りに変わっていき、いつしか社会に対する不満として、
限界を超えます。

その際の怒りの対象は、特定の誰かではない。
自分を排除した社会そのものです。

事後的に言及できるとすれば「モンスター」の誕生の瞬間です。



僕は、勧善懲悪という言葉が嫌いです。
悪が在りきのこの言葉。
悪を生んだのは何だろうって話。


人を排除するのは、簡単です。
例えば会社でもいきなり何をしてくるかわからない人、考えていることがわかならない人がいれば、距離をあけたくなります。

小さい頃から言われますよね。
危ない人には近づくな。
これはその通りです。


僕が言いたいのは、危ないから排除されるわけではなく、「あいつは危ない」が本人を含め周囲の人たちが認識し、それが共通の理解となって「あいつ」を締め出す。「社会から外れた人」たちが生まれていく。排除される。

排除されるというのは、客観的に計測可能な物理的なものではなく、この本質は”本人の主観”にあると思います。
一つの誰かからの承認。それが排除を阻止する。


今回の事件に限らず、犯罪を犯すことは咎められるべきでしょうが、今のヤフーコメント欄のように、
脊髄反射で加害者攻撃をするのは、よりこの排除を促すだけではないでしょうか。



少なくとも僕は、僕たちが構成している社会の中で起きた事件は、単純に他人事とみなすことはできません。
「犯人には厳罰を!」のような発言は、僕にはできません。




ネットを介して人の意見が可視化できる現代では、世論はあっという間に強い力を持ちます。
と同時に、排除を容易に肯定する、そんな社会では、間違いなく、また同じような事件が発生すると思います。


排除を阻止するたった一つの誰かの承認が、非常に貴重になってきました。

経済格差は拡大する一方で、核家族も増加しています。
構造的に”排除されやすい”社会になってきている。
だからこそ人と人とを繋ぎとめる承認という行為に、今まで以上に価値を見出すべきです。

元号が令和になってから、社会的にも大きな影響を与えた悲惨な事件が、早くも2つ起きました。
そして、上記の理由から、何も対策をとらなければ、このような事件は続けて発生する可能性は、低くないように思います。



こんなに僕が必死に考えるのも、ある意味、自己保身のためでもあります。
なぜなら、無差別で人に危害を加えるモンスターが自分の家族・友人に手を出す可能性は、0でないから。
家族の身に何かあることは、何があっても避けたい。だから必死に考えるんです。


そして、こう思います。
そうやって他人事で考えているけど、いつ自分の身に降りかかってくるかわからないよ?って。

みんなが生きやすい社会にするには、みんなで作っていきたいね、と。

来年に向けて【長期計画】

1年間の長期計画をたてました。

7月中   再現答案作成 
       民法改正対応 講義受講
8月以降  論マスその他論文対策 10月に伊藤塾奨学生試験大阪で受ける
2020年
3月以降  短答対策
5月     直前短答模試 短答式試験
6月     直前論文模試
7月     論文式試験

ざっとこんな感じです。
これで、受かる予定です。


具体的な勉強な中身としては、本番を想定しつつ、論文を解いていくことにします。

今朝論文の結果を書きました。

本番では必要なのは2つのスキル
①事務処理能力
②現場思考
であることを強く実感しました。

つまり、これを鍛えないといけません。
①事務処理能力はいくつも問題解いていく上で必然と鍛えられるものだと思いますが問題は②です。
これをどうやって鍛えるかというと、「思考経路を複数持つ」ことだと思います。


僕は今まで答案構成は数をこなしてやってきたと思いますが、やり方として、
1 問題を読む
2 すぐに解答を見て使った論パ、その使い方を確認する
3 全体的な体系をチェックし答案構成の全体像を把握する
この順序です。

どこにも思考は介在していません。
これでは、現場思考力が鍛えられるわけがありません。

上記のやり方でも、「形式的な解き方」ってのは分かってきました。
つまり、こんな論点が出てきたらこうやって論パを使って、事実認定もどこに比重を置いてやっていく。
この流れは理解できる部分があります。

しかし、それを導くための思考力=実質的なアプローチが、論文に受かるためには必須だと感じました。

例えば民法94条2項も類推適用できるのは受験生誰しもが知っていると思いますが、
”類推適用への持っていきかた”、つまり思考の流れは本気で自分の頭で考えなければ鍛えられないし、上達しません。

どの場面でどういう修正が必要でどの条文をどうやって類推適用させるか。
壁にぶつかって、いかに法的理論をたてていくか。
これは、問題に対し本気で自分の頭で考えて必死に導き出さないと、出力されないものです。

この、問題を前にして「考える」って行為が、純粋に僕に足りておらず、鍛えないといけない。
それを痛感しました。


そして早速ですが
行動計画①昼休み中に論マス1問解く。

食事をちゃっちゃと終わらせて、残り40分ほどの時間で、論マス1問解きます。
大体45問×7教科として300問ちょっと。

気をつけるのは、六法を参照しながら、本番を意識して「考える」。
20分で答案構成を行い、答案の確認。思考経路の確認。フィードバック。
これで40分、昼休み終了。
これを毎日します。


現場思考が大事だからこそ、『思考経路』を複数持つことが重要だと思います。
条文の使い方。不都合からの修正の仕方。
それを意識して、問題を解いていきます。

次、行動計画②通勤時間にボイスレコーダー再生して論パを暗記。
これは出来ているので継続あるのみです。



予備試験では、上に書いたとおり、頭の使い方ってのがいかに大事か、よくわかりました。

ある意味で思考ゲームだと思いました。

複数ある解を導くアプローチ(≒思考経路)の中からどれを選び、どうやって使っていくか。
その手順が重要であることがわかりました。


そういえば論文1日目の早朝に、伊藤塾からメールが入っていました。
どうせ頑張れ的な内容だろうと思ってみたら、やっぱりそんなこと書いていました。
伊藤真氏以外の講師からのメッセージも、短くですが、手書きでそこには書かれていました。
そして、その中でも”思考を愉しむ”ってのを書いている講師がいて、誰だと思ってみたら呉講師でした。
そのとき時はハッキリ感じたのを覚えています。
「試験当日に、この人は何のんきなこと言っているんだ怒」
呆れ、怒りを感じたのを、覚えています。


そして、今思えば、僕が間違いでした。
思考ゲームの要素がある以上、それを愉しんだもん勝ちです。
問題読んで誘導見つけて論点見つけて、「はいはい、このアプローチ求めているんだよね、ワロスワロス。」的な解き方できれば、
これは合格へ近づきますよね。


確かに、今回も問題をすべて解き終わったとき、感じたことのない達成感があったように思います。
多分、こんなに頭を使った二日間というのは人生でも経験したことがなかったように思います。


振り返れば、とても楽しかった二日間でした。
僕は元々思考自体は好きです。
今回の試験でも、途中から閾値を超えて、ランニングハイ的な状態になっていたのかもしれません。
本当に体力的にも精神的にもしんどかったけど、強制させられる思考。
それと上手に付き合って、タッグを組んで乗り越えていければ、良い結果が出るように思いました。


試験本番で、”問題を解きながら思考を愉しむ”こと。

これを目標にしたいと思います。
これができるための知識のストック、複数の思考経路の習得。
毎日コツコツと、合格に向けて今日からスタートです。

あと約365日。(来年はオリンピックの関係で海の日が第三月曜日じゃなくなるみたいなので、試験日程はどうなるのか気になりますね。第2土日曜なのかな?)
頑張りましょう。


論文式試験が終わって

論文試験お疲れ様でした。
自分にとっては初めての受験でした。
とにかく疲れました。

まず最初に書きたいのが感謝の気持ちです。
最難関資格ともいわれている本試験に、本気で挑むことができている。
一日目の朝、最初の科目の問題用紙が配布されるのをみて、感極まってしまいましたw

特に両親に対する気持ちが膨れ上がりました。
周りのみんなが否定的だったりしても母はずっと応援してくれてて、こんな僕でも受かると思っていてそれが最後まで大きな力になりました。
父はもう亡くなりましたが、自分の公務員試験の際に必ず試験地まで文句言わず車で送迎してくれました。
電車でいけるのに、頼めば必ず送ってくれました。
自分も今は父親ですが、子供に対しては何があっても頑張っていることを応援し、全力で助けたいと思います。

また、自分が勉強していることから妻や職場の人にも迷惑をかけてきました。
妻は気を使って子どもたちを連れて実家に帰り勉強時間確保に貢献してくれたり、
職場も試験直前期は少なくない頻度で休んでいました。

こうやって、皆のささえがあって、難関試験に、全力でぶちあたれるってことに、強く感謝しました。

多分、受験生の中でも、1科目目である憲法行政法の開始時に、涙を流しながら問題を読み始めたのは僕だけじゃないでしょうか。
僕みたいな小さな存在が、大きな舞台で自分の実力を試せる環境。
まずは、それに感謝したいと思います。
ありがとございました。



試験についてです。
模試も受けたことがなく、初めて70分という時間の中で六法だけを頼りに問題を解きました。

講師の誰かが言っていたように、まず問題読んだ後15分くらいで問題構成、一気に書くと。
それを思いだしてやり始めたのですが、うまくいかなかったですね。
これは練習不足でしょう。憲法はゴチャゴチャになった気がします。

まぁ各科目ごとに詳細な感想は後にして、初めてちゃんと論文を解いた感想は、2点あります。

①事務処理能力
論文式試験には、事務処理能力が問われます。
それを強く感じました。
まず問題文に誘導があります。
そして詳細に記載がある事実から論点の比重を考え、バランスを整える。
そのうえでナンバリングを適切に設定し、形式的側面をチェックする。
さらに問われていることを再度考え直し、問いに答えられているか、解釈に誤りはないか、ほかに拾うべき事実を忘れているところはないか、網羅的にチェックし、答案用紙へ反映させる。
これを70分です。

限られた時間の中で優先順位をつけて、緊急性が高いものから着手する。
仕事と似ていますね。

この事務処理能力は、ある意味空気を読む力的なものも必要になってくると思いました。
この論点が問われているのなら、こんな書き方を問題文にはしない。

こんな答案を望んでいるのなら、違う答えさせ方をさせるはず。
この積み重なりが、中身のこもった答案を作るものだと感じました。



②現場思考
今回も特に民事系は現場思考が要請されたように感じます。
僕は不勉強でしたので、意味がわからない問題でした。
条文探しても、のってないからです。
だから、考えました。
形式的に考えるとあきらかに妥当でないから修正必要。
じゃぁどの条文を使うか。使える条文を探す。
構造を考え、この条文からなら類推適用でいけるんちがう?

ほかにも、機械的に覚えている論パを単純にあてはめにくいものがあったり、
その意味では知識を修正しながら使い分けていくことが必要であると強く実感しました。




この2点を理解できた点は大きな財産です。
なぜなら、論マスなどの知識以外のほかは当日での上記2点の力で解いていくほかないと思うからです。
要は、こうすれば受かるってのを、確かに実感できました。

そして、来年こそは必ず受かる自信もつきました。

本番でやらないといけないこと(上の2点)を、日頃から意識してやっていく。
それに単純な知識を足せ合わせて、合格ラインにもっていく。



来年こそは、必ず受かります。
今日から来年に向けて勉強開始です。
仕事に、いってきます。
プロフィール

WIPA

Author:WIPA
司法試験受験生。
転職活動中。
趣味は読書。

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