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日程公表

令和2年度 司法試験予備試験 実施日程が公表されました。
短答は8月16日(お盆!)。
まずは司法試験関係者の方のお盆がなくなってしまったことを残念に思います。
問題配布してくれる監督員も、実家でのくつろぎを犠牲にして出勤してくれています。
受けることができるのも当たり前じゃない、そう思いたいです。

で、日程出たので後はスケジュールを練り直していく必要があります。
8月16日まであと3か月。
論文は、現段階として10月頃。
口述は、来年1,2月。

スケジュールを考える判断材料はこんな感じです。
①現段階で口述対策を考える必要は無し
論文の採点には非常に時間がかかることが予想されるため、論文の実施時期が早まるとしても、論文―口述の期間は3,4か月は必要でしょう。実施時期が変更されるにしても、論文直後に口述は考えにくい。
論文終了後からでも間に合うはず。なので口述は、今のところ考えません。

②短答の合格ラインが高くなる
司法試験委員会の公表した日程によると、通常の実施時期が丸まる後ろにズレたものです。
つまり、受験の時期まで時間がある分、相対的に得点数は高くなるはずです。

過去のデータから、必要得点割合は60%とされてきたところでした。
今年については、試験問題の難易度が変わらずという前提なら、まず間違いなくこの必要得点割合は、上昇します。
そしてこの延期という事情により試験問題を変更しにいくということは考えにくい、そう考えれば、前提はこのままであるように思います。

結局、毎年と同じように得点割合60%、得点にして162点を目標にすれば、不合格になります。
一般教養対策までするべきではないか、一瞬考えましたが、それはやめました。
法律科目で全科目8割目指せばいいだけだ。
論文・司法試験との相乗効果を考えて、法律科目のみで短答合格します。

そして勉強時間が確保されることにより、論文の合格ラインも高くなることは予想されます。
直接の影響を受けるのは、短答でしょうが。

③ロー生は、ヤバい。
今から3か月、時間がたっぷりあるロー生が鬼のような追い込みをしてきます。
はっきり言って、今年の事情で言えば、ロー生の合格率が跳ね上がることは間違いないでしょう。

なぜなら、可処分時間が違いすぎる。
これはどうにでも出来ませんが、伸びた分、みんな等しく時間が与えられることにはなりません。

1日延期すれば、ロー生なら丸一日分、社会人なら勤務時間を除いた(多くて)2,3時間分が付与されることになります。
これは、まずいですね。


短答・論文同時開催により、爆発力が放散されて中途半端な状態で試験に挑むロー生なら、戦えるかもと、正直に思っていました。勝てるつもりでした。

ただ、丸まる後ろにずれただけでは、かないません。
与えられた環境で、やるだけです。


④今の自分の状態から逆算
短答対策は、商法除いてとリあえず終わりました。
商法はやるのが嫌で嫌で、結局まだやっていませんw

論文対策としては、コンプリート論文を視聴、直前答練・全国公開模試が残っています。
そのあとは、ひたすら繰り返すのみでしょう。

IMG_7364.jpg

伊藤塾 短答模試の結果とにらみ合いをしました。
生まれて初めてといっていいほど、模試の平均点を自分の得点が超えていたので少し混乱しましたが、短答合格者の平均には、だいぶ届かずです。
(自分も短答合格者ではありますが、、、)



う~ん。。。。
迷いに迷って、重要戦略なので思考過程は省きますが、7月1日から原則短答対策、それまで論文。
このシナリオです。

決めました。
基本的に試験1か月前(7月16日あたり)から短答対策って人がほとんどだと思いますが、前倒ししました。

原則ってのも、程よい例外を見極めつつ、これでいきたいと思います。

試験がいつどこであろうと、やるべきことをやるだけです。


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勉強方法を考える

司法試験予備試験、いつになるのでしょうか・・・。
本当ならば、今週末は短答試験でした。
往復の交通手段、ホテルもすべて予約完了していましたが、全部キャンセル。
コロナも多少おさまってきたように思いますが、ほぼ完全に鎮静化してからじゃないと試験も実施できないように思います。

直観の予測。
8、9月。

それも多分、短答直後に論文。場合によっては同日。そんなスケジュールではないでしょうか。
ほぼ確実なのは、短答―論文間の間隔は例年に比べ短い。
つまり、論文対策が中途半端なままに本番を迎えやすい。
その可能性はあります。

こんなこと考る時間があれば勉強しなさい。
そんな意見もあるかもしれませんが、それは間違いでしょう。

僕は気付きました。
試験合格は、テクニックです。

学力の差、じゃないんです。
だから必死に過去問解くんです。

重要論証記憶し理解するんです。

もう一度、テクニックで勝負が分かれる。
それが試験の本質でしょう。


もちろん僕の中でも短答対策としてはテクニックとして確立されている部分はあります。
さすがに4回目なので・・・w


ホテルに持って行くもの、どういう過ごし方か、当日の受験会場の特徴、何時に教室入れるか、何を勉強できるか、何を直前にみるか、、、など。
確立されているので、さすがに短答は受かるであろう。
一般教養にかかっていると言ってもいいと思います。


ただ、論文はそれが確立されていません。
もちろん直前で一番重要なのは論証の復習や基礎知識の整理などでしょう。
それが1か月前に何するか、1週間前に何するか、当日は何するか。
そんな戦略はまだ確立できていません。



試験のシステムは、同一年度に短答、論文、口頭試験を合格しないといけない・・・。
それなら、最難関といえる論文に力を入れるべきでしょう。

一番ダメな失敗は、直前の短答対策に力入れすぎて、論文がさっぱりで不合格のパターン。

最善の戦略は、短答―論文の期間が短い以上、できるだけ論文に時間をかける。
短答対策で過去問1周する余裕はない。
まとめノート(自分で㊙ノートと呼んでいます)及び判例六法をサラッと一読。
それで試験に臨めるようにする。

つまりは短答対策期間は2,3日とする。
そんな感じではないでしょうか。

予備試験日程延期。
予期していなかったこのハプニング。
これを上手に乗り越えていくには、確かな戦略が必要であるように思います。


ライバル、ロー生は直前で爆発する力があります。
ただ、例えば短答―論文同時開催だと、その爆発力も矛先が短答のみに向かい、勝機はあるのじゃないか。
こっそりそう考えています。

2,3日で一気に復習できる短答対策の確立、したたかに論文対策をできるだけ進めていく。

それが今の自分のできることです。



この戦略が失敗して、短答で不合格だった・・・。
確かにその可能性もありますが、合格するためには、多少のリスクは覚悟しないといけない、そう思います。

淡々と、したたかに。

地方分権なんて、幻想である

日々の生活の中心は、コロナウィルスです。
ニュースでも毎日報じられ、今日の感染者数に一喜一憂し、減らないパチンコ店の客に怒り罵り、亡くなった人を憐れむ。
そんな日々です。


国の政策として、マスク2枚配布がなされています。
同時に、現金10万円支給も始まったところです。
何に使いますか?10万円。

僕は、予備試験受験費用(飛行機、ホテル代)です。。。


国の政策と並行して、地方自治体も独自の政策を行っているところがあります。

”独自の緊急宣言”などといった単語も聞いて「???」と思ったことがありますが、
ほかにも〇〇市は帰省しなかった大学生に地元特産物を送った、マスク配布を始めた、などと色々な工夫をこらした政策をしているようです。

地方分権の時代。
いかに工夫をこらして、住民目線でより良い自治体を築き上げていくか。
あるいみ、競争です。
ほかの自治体との、競争です。

例えばマスコットキャラクター。
ゆるキャラを掲げて、有名になった自治体も結構あります。
く〇もんとか、そうじゃないでしょうか。

お金をかけずに、良いアウトプットをしていく。
この費用対効果を求める姿勢こそが、自治体が地方分権の競争社会を生き抜いていくうえでの、一番重要なところだと思います。


だからこそ言いたいのは、お金をかければ、何でも出来るんです。
現金10万円を配るのは、誰でもできるんです。
お金さえあれば、できるんです。


でも、お金があるかないかってのは自治体によって違います。
例えば観光産業が元来盛んな地域では、何もせずともある程度の収入は見込めます。
同じように特定の産業などが盛んで発達していれば、その分税収入も増えて、自治体の懐も潤うでしょう。

でも、いわゆる何もない自治体ってのも、あるように思います。

歴史的な文化や発達した産業・工業もなく、名産物も特にない。
そんな自治体がほとんどではないでしょうか。

だからこそ、お金をかけずにより良いサービスをしようと工夫するのだと思います。

ふるさと納税もそうじゃないですか。
自分の自治体への税収入を増やすために、どんな特産物を返礼品として設定したら納税してくれるか。

費用対効果を争う、それが地方分権の真髄であるように思います。

一方で、大きな力をもつ民意は、”現金よこせ”です。
今回の10万円一律給付の過程を見ても分かるように、費用対効果を考えれば、やるべき政策ではないように思います。
困っている人に、困っているだけ。

国民総出で自粛しているんだから、などという人も多いと思いますが、少し筋違いであるように思います。


そして、自治体によっては、”現金よこせ”の民意を受けて、現金を配布するところも出てきました。

例えば、子育てを行っている世帯に対して、子供一人当たり3万円など。

支給対象は様々です。
でも、多数の自治体がこんな政策をし始めているように思います。

でも、個人的には疑問があります。

お金がある自治体は出来るけど、お金がない自治体はできない。
不公平ではないでしょうか?

結果として、お金がある自治体に居住している住人はお金をもらえて、居住していない場合にはもらえない。
それは、住人同士の比較でも、不公平はないでしょうか??


何で、〇〇市に住んでいたらお金もらえるけど、△△市に住んでいたらもらえないんでしょうか?


「地方分権」の一言で片づけられるのでしょうか。
大いに疑問です。


確かに地方分権の理念に賛成する側面もあります。

あぐらをかいて国からの交付金に依存する。
そんな姿勢では、競争社会の中で淘汰されるべきです。


一方、単独の自治体として、力は有限です。
特に歳出面。

高齢者や生活保護受給者を多く抱える自治体ではその分歳出が重くのしかかり、財政を圧迫するように思います。
その中で、現金給付などできる余裕はあるのでしょうか。


以上の文脈で、地方自治体にとって自助努力に限界があるよう思います。

隣の市ではもらえるお金が住んでいる市ではもらえない・・・。

じゃぁ引っ越せば?
そんな話じゃないと思います。

住民は、どの市がより良いパフォーマンスをしていて、住むと得だから住む。そんな意思決定をしているのでしょうか。
聞いたことがありません。
そんな暇ありません、余裕ありません。

駅に近いから、スーパーあるからそこを選ぶもんだと思います。


よくポジティブに語られる単語、”地方分権”。
でも一方で、このように、反面、不平等を産む装置にもなっているように思います。


僕は考えます。
地方分権なんて、幻想である。

想いを記します

書き始めてから日付は変わっちゃいましたが、昨日4月29日は、僕の思い出の日でもあります。
ブログのURLに0429という数字が入っているように、このブログを書いていく上で、書き始めた時の想いが消えないようにとしたものです。
想いが消えないように、気持ちを記したいと思います。


平成24年4月29日。
8年前の昨日。
僕にとってある出来事が起こりました。

結果から言うと、それは国家公務員総合職試験の、不合格の日です。

高校受験もそこそこで、大学受験もそこまで勉強した記憶がなく、生まれて初めて、必死に勉強して、本気でぶちあたってダメだった。
本当に受かりたいな、と思って勉強して、なりたい職業ができました。
憧れました。

でも、ダメでした。
全く力及ばずでした。
挫折した日です。


厳密にいうと、もちろんチャンスはその1回きりではないので、諦めたという感じではありません。
ただ、なんとなく結果がわかっていて、でも本気で勉強してダメだった。


今の僕を作っているもの。
それは、その勉強の経験に強く影響されているように思います。


このブログの真の意図。
それは、この結果に腐ることなく、自分を高めて、自己研鑽して、目標に向かって頑張れよって、そういみ意味で、書き始めたものです。
だからこそ0429をブログのURLの一部に設定しました。

「このままで、終わるなよ」


そう、自分に言い聞かせたかったんだと思います。


気が付けば、決意の日から8年がたちました。

8年か。
長い。
だけど、決意が形になって実行されるには、ちょうどいい期間のような気もします。


自分は何がしたいのか。
何を求めて何を考えてどう行動するのか。

その理念も、このブログに記し続けてきました。



このブログも7年半以やっていますが、僕は多分継続することが、苦にならないタイプなんだと思います。
最低月1回の更新は行っていて、書き続けることができています。
全然、つらくないです。

ただ、本を今は読んでいないから、書くネタにどうしても困る。
それはあります。



司法試験合格を目標とする受験生としても、4年前にこんな決意をしてからちゃんと勉強は継続できています。



僕の思いを、消したくない。
あがいても、もがいて、たどり着いた着地点。


このブログは僕の魂を綴っています。

僕の想いが消えないように、こうやって記していきます。


SNSって

SNSの役割は、社会において非常に重要になってきました。
ときにマスコミ以上の強い力を持ち、民意の形成という観点からも政党以上に世論を吸い上げて国会に影響を与えるツールになったといえると思います。

昨今の自粛モード。
在宅勤務・リモートワークが推奨され、一人で仕事をすることが多くなった人々は、必然的にSNSを閲覧する時間も増えます。
人とのリアルな会話ができない分、ソーシャルの場で、絡み、共有し、承認しあうことを求めあいます。
その結果、例えばTwitterをみても、リツイート数、お気に入り数が尋常じゃないことに気が付きます。
皆どこに行き着くか、どこを頼るか、その目的地がSNSである時代になったといえるような気がします。

ただ、SNSも万能じゃありません。
一番顕著なのは、”デマ”の拡散のパターンです。
虚偽情報が、無秩序に拡散される。それほど怖いことはありません。
それが一番おそろしいことは、虚偽情報の生産者が、ときにその情報が真実だと思って発信していることです。

例えば紙(トイレットペーパー、ティッシュなど)が品薄になるって騒ぎ。
純粋な悪意は、無いように思います。
単なる思いつき。こうなんじゃないかな。
その程度の思いが、シェアされまくって危機的状態に陥りました。

何日も、トイレットペーパーが買えない状況は、本当につらかったです。
(本当に、欲しい状況にありました)



SNSは、万能ではありません。
ユーザーの質にかかっている。
そんな一言で終わらせたら終わりですし、閉鎖的なコミュニティにも限界はあります。

そもそもSNSは、既存のコンテンツを加工・付加してベターなコンテンツを産みだすツール。
それが一番の役割であるように、思います。

コロナ情報でもそう。
SNSの住人は、政府・自治体の正確な情報を待っているのです。
それに反応し、拡散し、意見を出し合い、世論を作っている。
そんな存在であるように思います。



役割分担として、やはり一次ソースの提供は、ある程度国・自治体に任せるべきではないのでしょうか。
もちろん任せきりだとSNSの存在意義がなくなるんですけど、僕の一番の問題意識は、
デマがまかり通る社会が怖い。 ってことです。
言ったモン勝ちではなく、それを検証・吟味する慎重な民主主義があればそれこそ最良です。
ただ、ヤフーニュースのコメ欄などを眺めるに、感情的な部分が多すぎるようにも、思います。



例えば政府のマスク2枚。
確かにこれは政府の失敗です。
国民に直結する問題。
待って、待って、これ。
これは憤りがあるように思います。

ただ、政府の中枢の役人、専門家たちが、必死に考えた結果がこれです。

費用対効果を分析し、優れたものの政策のひとつがこれです。


この検証過程を考えずに、感情的に「そんなもんいらんわ!はよ金!現金!」って反応してる人ほど、僕は少し怖く感じます。

「国民ひとり現金10万円」ほど、費用対効果を考えず、ポピュリズムに基づいた政策は、考えられないですよね。
冷静に考えれば気付くはずなんですよ。
何も被害を被っていない人に、自分が払った税金を与えるその意味を。


国が”感情”のみで動くとなれば、民主主義の成熟度合にかかっています。
結局のところ多数決のこの社会。


その多数決、世論を決める役割を果たすSNS。
今後の位置づけ。どうあるべきか。

僕なりに、考えていきたいと思います。
プロフィール

WIPA

Author:WIPA
司法試験予備試験受験生。
転職活動中。
趣味は読書。

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